雨夢 歌桜 AMANE KAO

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「物憂げな空」

11月の終わり、札幌の空は灰色を何層にも重ねたような色をしていた。雪はまだ本気で降っていないけど、いつ降り始めてもおかしくない、そんな空気感が街を包んでいる。
千歳線のホームで、詩織(しおり)はマフラーを顎まで引き上げて立っていた。電車が来るまであと10分。スマホの画面を見ても特に見るべきものはなく、ただ指が無意識にスクロールを繰り返すだけだった。

隣に立っていた女子高生が、突然小さな声で呟いた。
「今日、なんか空が重いよね」
詩織は一瞬びっくりして顔を上げた。見ず知らずの相手に話しかけられたこと自体久しぶりだった。
「うん…なんか、息苦しいっていうか」
詩織はそう返しながら、自分でも驚くほど素直に言葉が出た。

少女は少しだけ笑って
「私、こういう空の日は大抵、誰かに会いたくなるんだよね。でも結局、誰もいないんだけどね」

その言葉が妙に私の胸に刺さった。
詩織は、別れた恋人の最後のRAINを未だに消せずにいることを思いどした。
「ごめん、もう無理かも」それだけだった。

「私も、会いたい人いるんだけどさ、でも、会えないってわかってるから、余計に空が重く感じるのかも」詩織は小さく吐息を吐いた。

少女は少しの間黙って空を見上げていた。灰色の雲の隙間から、ほんの僅かに青が覗いている。でもすぐにまた別の雲が流れ込んですぐに隠れてしまう。

「ねぇ」少女が急に言った。
「今からちょっとだけ、知らない誰かと一緒にいていい?すぐ電車来ちゃうけど、その間だけでいいから」
詩織は驚いて少女を見た。制服のスカートから伸びる細い脚が、寒そうに少し震えている。
「…いいよ」詩織は小さく頷いた。
それから2人は言葉を交わさずに並んで立っていた。
電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、ホームの端に風が吹き抜ける。少女の髪がふわりと舞い上がり、詩織の頬をかすめた。

電車がホームに入ってくると、少女は小さく手を振った。
「ありがとう。ちょっとだけ、軽くなった気がする」
詩織もぎこちなく手を挙げて返した。
電車が動き出し、少女の姿が窓の向こうに消えていく。
詩織はまだホームに残ったまま、もう一度空を見あげた。

さっきよりほんの少しだけ、灰色が薄くなっている気がした。いや、気のせいかもしれない。でも今は、それで良かった。

物憂げな空の下で、知らない誰かと、たった数分の間、同じ重さを共有できたということ。
それだけで、今日はもう十分だった。

(完) 雨夢 歌桜

2/25/2026, 11:41:16 AM