特別な存在
子供や夫も親も友達もみんな特別な存在ではあるけれど、兄弟のことを思い浮かべました。
小さい頃から今まで一貫して、親に1番感謝していることは兄弟に会わせてくれたことです。
自分の子供たちを見ていても、兄弟って不思議な縁を感じます。
同じ人から生まれてきたのに、同じ人たちの元でだいたい同じようなものを食べて見て聞いて育ってきたのに、とてもそうとは思えない仕上がりです。
弟は私が持っていないものをみんな持っているような人です。
ジャンプの発売日には弟の部屋で読んでいたし、RPGのダンジョンで迷って教えてもらったり、笑えるネタを見つけると真っ先に見せに行ってました。
暇が重なると駅前のレンタルビデオ屋に一緒に行きました。
『Xファイル』にハマって夜中に続きを借りに行ったり、リー・リンチェイの映画を片っ端から見たり、深海魚の記録映画を借りてきた時、一緒に見てくれたのは弟だけでした。
小さい頃はイジメたり喧嘩もしたし、お互いの違いが理解できずにイラついたり距離を感じる時期もありました。
成長していく中で彼の聡明さをやっと理解できたり、思慮深いゆえの忍耐強さや言葉の厚みが見えるようになりました。
今は尊敬している人間5本指に入っています。
妹はかわいい人です。
ひょうきんで行動的、歳が離れているので小さい頃は遊んであげるのめんどくさいと振り払ってましたが、くらい付いてくる根性もあります。
弟にゲーム全般鍛えられて指にゲームだこが出来ていました。
部屋が一緒だったので本当になんでも話していました。
「姉妹の仲がいいと友達がいらない」みたいなこと言われますが、買い物も旅行も飲みにも行って本当に友達みたいです。
マイケル・ジャクソンの映画を観た後盛り上がりすぎて終電を逃し、マイケルの歌を歌いながら歩いて帰りました。
末っ子なのに上がいつも親とモメていたから、全体を見て調整役をしてくれていたと思います。
公平に話を聞こうとしてくれていました。
大人になった今もそういう優しさがよく出ている人です。
兄弟は年齢差はありますが基本的に水平の関係だと思います。
友達もそうですが、もっとより、水平さを感じます。
3人で旅行に行ったことないね、行こうよ!って思い立って行った沖縄、本当に楽しかった。
その後3人で行くことはないけど、もう少ししたら行けそうな感じがするな。
また行けたらいいな。
バカみたい
布コラージュと言いますかアップリケみたいなことをしています。
心の中にあるイメージを再現するのに何故その方法でないといけないのか、他の方法も試してみたけどダメでしたから仕方ないこととしか答えられません。
ものすごい物理的な制限との闘いです。
柄行が足りないこともあるし、どうしても実際に切ってその形にして組み合わせてみないとわからないことだらけです。
一度裁断してしまったら元には戻せないし、どうしてもこの柄が良かったと思ってももう手に入らないものばかりです。
チェーンも常に探しています。
ものすごく気に入っていたものを売ってくれていたお店が閉店になると知り、ダメ元で「残ってる在庫を売って欲しい」と一生のお願いメールしたけど返事は来ませんでした。
お金だってかかります。
物を見つけた時、「これはあのアレに使えそう!」と思っても、実際配置したらいらん、みたいなこともよくあります。
よくありますが見つけた時の可能性に賭ける気持ちをスルーできません。
材料の山だってもうしまいきれません。
部屋もとんでもなく散らかります。
やるとなったらあれやこれや引っ張り出してしっくり来るまで引っ掻き回し続けます。
家族にも迷惑をかけています。ごめん。
デジタルのことと違って、試したらなくなる、なくなったらもう手に入らない、手に入れたらお金が減る、苦行です。
何故デジタルではダメなのか。
技術の進歩の恩恵を受けろよ!
バカみたいです。
本当にバカみたいです。
兎に角、呪いのようです。
なんだか知らんけど答えのようなものが心の中にあって、「違う」「違う」「合ってる」みたいにパズルのピースを嵌めてゆく工程に似ていると思います。
めんどくさいなぁって思ってる日もあるのに、「今日やって」って許されない日もあります。
完全に自己満足の奴隷です。
私が死んだ時棺に入れてもらって、一緒に煙になって昇っていけるところはデジタルにはない良さだわ!
明確なメリットがひとつ見つかって良かったです。
上記徒然は本当に思っている心の声ですが、なぜやめないか。
中断していた時期もあります。
バカみたいでやってらんねーって、しばらくほっとけば心の声おさまるかも、って。
年単位寝かしたけどダメでした。
なんでダメなんだろう?(半泣)って考えて、わかったことはそれが私だからなんだなってことでした。
個性と同じで、呪いでもあり祝福でもあり、同じことなんだなと思いました。
今はバカさも含めて受け入れています。もとい、諦めています。
夢が醒める前に
夢の中でなんだかとっても夢心地で、ちょっと目が覚めそうで「だめ、まだ覚めちゃだめー」って思うのにその願いはいつも叶わない。
明晰夢を見られれば起きなくていいのにって思うけど明晰夢も見られない。
他者との間に存在するそれぞれの役割のようなものを着たり脱いだり、それも夢と現実を行き来することに似ている。
大人として社会人として妻として母として。
私として。
数日1人きりになる時間を過ごしたあとやたまに1人で飲みに出たあと、夢から醒めるような気持ちになることがある。
「私」と役割の乖離がどうしても大きかったときに、切り分けていたのだと思う。
独身時代もそうであったし、子供たちが小さい頃もそうであった。
ここ半年1年くらいか、夢と現実のように感じていた境目を段々と感じなくなってきている。
もう夢から醒めるようなあの感覚を、現実の中で味わう日は来ないのかもしれない。
正直なところ、どちらが夢でどちらが現実か自分ではわからないくらい、どちらも世界が広がっている。
私と関わってくれている人たちと築いている世界と、私だけの世界。
その世界が混ざり合うことをうまく想像できずにいる。
おそらくそれは想像を超えてくるだろうし、驚きも含まれるかもしれない、身体ごとの大冒険が始まるかもしれないし、縁側で茶をしばくだけで世界と通じるようなことなのかもしれない。
楽しみー!
不条理
若い頃、「アメリカではデブは出世できない。自己管理能力が無いと見なされるからだ」みたいなのをしきりに聞いた時期があった。
「へぇ、アホが作ったルールが広範囲でまかり通る国なんだなー」と思った記憶がある。
ほんとはアメリカではそんなことなくて、日本でそうさせたかっただけかもしれない。
自明の理過ぎて書く必要もないと思うが体質過ぎる。
もともと少食な人、食べることが好きな人、食べても太りにくい人、そんなに食べていないのに太りやすい人。
私が出会った人たちでいえば、どれも満遍なく存在しているように思う。
太りにくい人が圧倒的に少ないとかだったらまだ、そのアメリカのルールにも100歩譲れたかもしれないが、そんなことは全くない。
たとえば出世の例だったら、人を見る目に自信がないだけのことなんじゃないんですかね。
「どうしていいか本当はわからないこと」「自分の判断に自信が持てないこと」みたいな、まいっちんぐさを隠したい場合、ご大層な理屈つけて相手に理由があるから仕方ないみたいにして自分は優位に収まるみたいなことをしている場面、社会に散りばめられてますよねー。
自分自身への信頼が1番無い。
そんなもんですよね、世の中で罷り通ってること、まるで偉いようであること、高らかに言われてることほど怪しいもんです。
怖いなって思うのは、それを知っている人が多いってことです。
よっ不条理!
怖がり
私はかなりの怖がりな子供でした。
高所への恐怖も暗がりへの恐怖も幽霊や宇宙人、なんでも怖かったものでした。
電車に乗る時は駅のホームの高さが怖くてちょう真ん中しか歩けませんでした。
日によっては柱から手を離せなくて母に怒られていました。
電車に乗る時のホームとの隙間はものすごく広く深く闇が口を広げているように見えていました。
段差が隙間のタイプの階段なんか地獄で、へっぴり腰で手すりにしがみつきながらようよう。
もちろん幽霊は怖いです。
宇宙人も油断ならないです。
昔は怪談ぽいことも宇宙人のこともテレビでたまに流れていて、怖がりなのに見ちゃうと見ちゃって、もんもんと恐怖を抱いていました。
母のことを、本当は宇宙人が母に擬態してるんじゃないかと疑ったことも一度や二度ではありません。
私は長子なので、もし母が宇宙人だったら、弟や妹はまだ小さいから気がついていないだろう、どうやって宇宙人に怪しまれずに2人を連れて逃げ出すことが出来るだろうかと策を巡らせていました。
でも実際は夜怖くて眠れない時、小さかった妹を自分の布団に寝かせて一緒に寝ていました。
上に兄弟のいる皆さまに一言お伝えしたい。
色んな兄さん姉さんがいることと思います。
好きでも嫌いでも結構なんですが、少なくとも小さいころ、上の子たちは何かあったら下の子たちを守りたいと考えてました。
断言しちゃう。
これは親にそう言われたからとかではなく、自然発生的に備わってしまうものなのです。
もちろん下の子たちに頼まれたわけでもなく、それの何がいいのかと、余計な肩の力だったのかもしれません。
それでも、たとえラオウのような性格になったとしても、あの頃のあれは愛だったと思うのです。
親子でもなく、友達や恋人とでもなく、兄弟の間にしかない愛の形だったと思います。
押し付けです。
ラオウといえばうちの三兄弟はまんまと北斗の拳の三兄弟とそっくりの性格だなーと感じることがあります。
武論尊先生、当時からバースオーダーのこと詳しかったんかな。
長子は年長であることにあぐらをかいて好き放題やり、兄弟から借りたお年玉を返さずに叱る母から逃げ回っていますと、私がいない時母から兄弟たちに「大人になってお姉ちゃんがお金貸してって訪ねてきても絶対にドアを開けてはいけない」という教育がなされていたらしいです。
今はラオウが亡くなった年齢も遥かに超えて、ラオウみはめっきり減りました。
ラオウがもし長く生きたら、意外と早めに落ち着いちゃったりしたのかもしれない。
おかげさまで長じて後は兄弟にお金を借りに行くこともなく今日を迎えております。
お互いにドアを開けあえる関係って素晴らしい!
我が生涯に一片の悔いなし!!