ずっと隣で
ずっとなんて簡単には言えない
「ずっと」って言葉は
本当に重い…
未来のことなんて約束不可能だよね
でも
この言葉を言われたい
その上
「隣で」なんて言われたら
最高に嬉しい
それって未来の君の隣に
私が居るってことだから
でも
君は絶対に言わない
その言葉の重さを
最初から君は知っている
そんな正直な君だから
それでも君と居たかったんだ
だけど
今は長く居れば居るほど
未来が見えないことが苦しい…
いや…悔しい
いつか離れて行く君が
いつかふとした瞬間
「ずっと隣で」君と笑い合っていたかったなって
思ってもらえたなら…
それだけで私は救われる気がする
どうか今後のあなたの人生の記憶に
私が残っていられますように…
今は隣で
私があなたを笑顔にしてあげたい
もっと知りたい
好きなもの
好きなこと
好きな人のことは
もっと知りたいと思うのは本能ではある
だけれど
本当に知る覚悟はある?
本当に知ることが出来るんだろうか?
物理的なことならまだしも
人となるとどうだろう?
私自身、私の事すらちゃんと理解したことがないのに…
そして人は変わっていける生き物だ
よくも悪くも変わっていく
だから本当のところ
他人も自分自身ももっと知りたいと思ったところで
真実は永遠に不確かではないだろうか?
もっと知りたい
そう思ったなら、それを好きな証拠にはなるが
メリットとデメリットが共存しているこを覚えておこう
それでも受け入れる覚悟が出来たとき
それは自分にとって最大の武器になり、味方となる!
それでもあなたは
それを
「もっと知りたい」ですか?
私は恐れずにもっと知りたい!
平穏な日常
そう言われると
何か軽んじてしまう気がするのは
私だけであろうか?
私には
穏やかに過ごせる毎日は簡単ではない
だからこそ
平穏な日常は私にとっては特別な日々になる
真っ暗な闇から這い上がれたとき
私とっては平穏な日常となる
それがどれほど幸せなことなのか?
闇に脅かされていないものは分からないだろう
闇を知っているものにしか分かり得ない
穏やかな毎日
それが「平穏な日常」
愛と平和
どちらも不確かなもので
証明するのは難しいもの
愛も平和も独りでも
想うこと願うことは出来るが
寂しく苦しい…
結局のところ
2つが共鳴出来たときに
真の愛と平和が訪れる
相手があってこその
愛と平和
人間もこの世に存在する全てのものは
単体では真のこの2つを手に入れることは
不可能なのかもしれない…
過ぎ去った日々
去っていくと言う表現は
なんだか切なく感じるのは私だけ?
確かに去っている
今こうしてる間にも時間は去っていく
だからなんだろう?
タイムマシーンが出来たという物語は
結局、過去を変えたら未来が変わるという代償が付きもの
だとすればタイムマシーンが出来たとして
今は変わらない
なら過ぎ去った日々に執着するのは無意味じゃない?
だから私は
過ぎ去った日々は振り返らない
前だけ見て歩いていく
それが私の生き方