刹那
刹那……このお題目を見て直に浮かんだのは
最近の殺人事件の事、京都のお子さん 全国の人が「どこへ行ってしまったんだろう?迷子になったのか」と無事を祈った、北海道旭川の動物園の焼却炉は遺体が出てこない「何もかも分からなくしてやる」と言う様な事を言ってるという、どちらもそんなに嫌なら離婚して遠くでも行けば良いのに、殺しちゃう……
刹那的な気がする、この世から相手を消してしまいたい程の殺意ってそうそう思わないと思うんだ
普段から「自分も悪い相手も悪い人間なんだから当たり前、お互いにね」って思ってない気がする、一方的に相手が悪いって思ってるから
こういう事件が起こるのかな?と個人的に思っています
もう少し…みんなにとって暖かい優しい穏やかな世の中になっていってほしい
そうじゃないと辛すぎる
生きる意味
ある本には「生きる意味を考えるからおかしくなる、そんな事を考えるのは人間だけだ、ただ今、目の前の事をするだけでいい」と書いてあった
確かに自分の事で、病気や怪我、仕事、家族の事等悩みでいっぱいいっぱいの時は
その答えで満足出来るのかなと経験上思うけど
やっぱり、元気な時に自分の生きる意味って
家族が大切とかそういう当たり前の事は別として
「好きな事をする為に生きるのが幸せ」だと思う
答えはとてもシンプルで
何をしている時が幸せを感じるのか
何をしていたいのか、それが私にとっての
私個人の生きる意味です
善悪
善と悪
子供が読む児童書は善
大人の読む本の山は時として悪と言われる代物になる
目を覚ましなさいと世間から目を逸らさないでと言われる
本を読み耽る事を危うい事のように言う
本の中に逃げて何が悪いの?
世の中…辛い事ばかり嫌な事ばかり勝手にしやがれ勝手な事ばかり言いやがる
そんな奴らの居ない本に逃げて何が悪いの?
学生の頃は本を読んでいたら褒められたのに
今はダメなの?
現実と本の世界の境目がなくなるとか…
最初からそんなものなんて無いさ
本はそこにある
現実世界にある
本の中が宇宙なだけ
それだけ
それだけさ
そんなに悪いの?
怖がらないでよ
本から戻ってちゃんと今を生きてるでしょ?
帰って来なくなったら悪と言われても仕方ないけど
そうしないと生きていられないなら
それがその人の生きる事になるなら良いんじゃないの?
そんな風に思う日だってあるさ
それが人生でしょ
流れ星に願いを
夜の空を見上げられるって、時間も心も余裕がある時、一緒に居る人が夜空をわりと見る習慣があるとかね
私は昼も夜もいつも黙々と目的地へ向かって歩く方だからバス停とか地下鉄とかね
空って家の窓から見るくらいで明るい時間が多い
夜は窓から星は見た事は無い…見えない
必然的に流れ星を見た経験はない
「流れ星に願いを」
こんな壮大でロマンチックでタイミングが秒で必要な大自然の出来事は
物語でしか想像が出来ない
ホントに一瞬らしいので
見た瞬間に言える事を日頃から考えておく必要がある
一瞬で願える事、言葉や心で言っても間に合わない
想像するしかない
一瞬で思えるなら世界が世の中が時代が
どう変わって行こうと朝の一杯の珈琲が飲めますように、それだけ平和でありますように、精神的にも飲めないほどヘタりませんように、流れ星には
『珈琲を飲む自分を想像しよう』と思う
ルール
みんなマイルールってあって
それをしないと「何か落ち着かない」とか「調子が狂う」とか多少あると思ってる
無い人は「無い事がマイルールになっている」かも知れないな〜なんて…
人の事って分からないよね
本人にしか分からない
だから自分の事を話すとマイルールって
結構あるなと思う
朝起きてカーテンを開けないと何か変
カーテン開けずに居ると昨日の引続き延長みたいな感じ、昨日が長い中に居るみたいで今日の境界線が無いの
だから私は朝カーテンを開ける事で今日の活動、始まりのサインとして脳へ体へ送っているんだと思う
「今日の活動が始まります」の気合いみたいなもの
だからカーテンを開けずにうだうだしていたい、ホントに起きられない日は今日の活動を放棄して昨日を続けていると思ってる
今日は欠席みたいなもの、そんなどこか脳内で作ったマイルールがある