突然の別れ
「じゃあな」
本当に突然だった。
夕闇の中、理由も告げずたった一言を残して背を向けて歩き去る。
いくら口下手だと言ってもこれは納得できない。
でも、追い縋って肩を掴んで問い正したい気持ちを拳を握り込む事でなんとか抑え込む。
そんな重い気持ちを表に出す訳にいかないのだから。
まだ、宵の口なのにと叫びたい気持ちを抑えて返事を返す。
「明日も今日と同じ時間に迎えに行く」
登校時間までのお別れだ。
ティブロン
ああ、またこいつは言葉を飲み込んだ。
あれほど言いたい事を言えと伝えてあるのに。
何度も口を開いて閉じてを繰り返してはオレから視線を外す。
そんなにオレに何か言うのが怖いのか?
それとも言っても無駄だと諦めてしまうのか?
今日はこいつがもう一度こっちを向くまで黙って待ってみよう。何分でも何時間でも…。
待つのはきついが飲み込んだ本音を聞きたい。
どうする?
オレはいつまで待てる?
飲み込んだ言葉をこいつが吐き出せる様に黙って犬みたいに待てオレ。
「その…」
やっと視線があった。そうだ、それで良い。
ティブロン
きっと、誰よりも近くにいる
けれど、誰よりも遠くにいる
手を伸ばせば届きそうな距離にある背中
それを追いかけ続けて
不思議だな、もう顔が思い浮かばない
誰よりも近付きすぎた自分の目には
もう顔は見えていなかった
笑えるな
誰よりも側にいる事を許されたのに
そのせいで顔が見えなくなっていた
その事実に今更気付いて後悔する
何故後ろから近付く事を選んだのかと
何故背中越しに同じ景色を見ようとしたのかと
誰よりも解ったつもりだった自分が
誰よりもあんたを理解していなかった
そんな事に今更気付いても遅すぎる
あんたを呼ぶ名さえ忘れてしまったのだから
ティブロン
ガラでもない───そう思いながら花屋の店先に立って何分たったろう?
見たこともない花の洪水に圧されて目眩がする。
あいつは花を渡されて喜ぶようなヤツじゃない。しかし、「何をふざけて…」と突き返すようなヤツでもない。
それでも、出会った記念の日を毎年忘れているオレから花束を贈ったら憎まれ口と一緒に笑顔を見せてくれるんだろうか?
ふわりふわり
どうしようもなく静かな水の中で泳いでいる
きっと、どうしょうもなく救いのない夢の中でひらひらのヒレが翻り翻り血を流す
赤や白のヒレを翻らせてひらりひらりと踊り狂う
ふわりふわり
踊り続けるさかな達
その夢の続きを見ていたい
『夢を見てたい』 ティブロン