Thea

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11/3/2025, 1:10:54 PM

「いかないで、と願ったけれど」

薫が死んだ。

薫の家族から、僕の荷物を取りに来て欲しいと連絡があった。僕の家から薫の家までは二駅しか離れていなかったが、少し遠回りなドライブをしようと思った。
席に座ってエンジンをかけると、少しカビくさい温風が流れ込む。いつか掃除をしようと話した助手席は、冷たい皮が敷かれているだけである。

普通、恋人が死んだら何を思うのだろう。悲しみに浸ったり、ずっと忘れないようにしたり、そういうのをとんと理解できないような人だった。薫は。
付き合っていた頃も、僕には無頓着で無関心で、告白したのは僕からだったから、どうして付き合ってくれているのか分からなかった。文字通り、ただ僕に「付き合っている」だけだと思っていた。僕が死んだら、薫はどう思うだろうか、なんて考えたこともある。反転した現実で、僕はどう思えばいいかわからないや。
そういえば一度だけ、薫が酔って電話を掛けてきたことがあった。伝わりにくいだろうが、ほんとうは僕のことが好きだと、回ってない口と頭で延々語られた。正直、酔った薫は無茶苦茶な人になるから、その言葉も信じていなかったが、信じていれば、今思うことも変わっていたかもしれない。

そんなことを思い返しながら携帯に目をやったとき、1件の通知が見えた。

『薫から1件のメッセージ』

どきりとした。焦って運転の手が狂いそうだったので、路肩に停車してメッセージを開く。
「すみません。火葬の時間が早まったので、予定よりも早く来ることは出来ますか?」
薫の家族からのメッセージだった。薫の家族は僕の連絡先を知らないので、こうやって薫の携帯を使って連絡してくる。薫が死んだことも、メッセージで知った。
「大丈夫です。今から向かいます。」
返信を済ませて、車をUターンさせる。無意識に薫の家とは反対に進んでいたらしい。そうか。薫は、火葬されるのか。「火葬」という言葉で、避けていた現実に一気に引き戻された気がした。
火葬。薫を燃やしてもいいんだ。だって、薫はもう。
視界は滲んで、もう止まらなかった。僕は、声を荒げて泣いた。涙で前が見えなかったが、このまま死んでもいいと思った。薫がいない世界、薫のいない日常、薫のいない僕。そんなものに意味はない。遺された思い出も、残された僕を生かしてはくれない。薫が僕のすべてだったと、いなくなってから気づくなんて。薫は、薫は!
もうろくにブレーキも踏めなかったので、怒涛の勢いで車を走らせ、泣き止む前に薫の家に着いてしまった。さすがに薫の家族の前で見せられる顔ではなかったので、駐車場で少し息を整えて、それから薫の部屋に向かった。

インターホンを押すと、部屋の扉が開き、薫の母親らしい人が出てきた。
「ごめんなさいね。急かしちゃって。薫の母です。どうぞ上がって。」
薫の母親は、あまり薫に似ていなかったので、よかったと思う。見覚えのある部屋だが、既に大きな家具以外は整理されていて、もう知っている薫の部屋ではなかった。
「香汰くん、って言うんだね。薫と似たような名前でびっくりしちゃった。」
「そうなんです。僕たちの出会いも、名前からで。」
「そうだったの…。あのね、香汰くん。あなたに話しておきたいことがあって。」
「話したいことですか?」
「そうなの…。薫ね。そう、気持ちが追いつかないかもしれないけど、でも、あなたには言っておくべきだと思って…。薫ね、自殺だったの。」
頭の中が真っ白になった。薫が?自殺?なんで?
「ショックよね。私達もそうだったから、よく分かる…。だから伝えるか悩んだんだけど、でも、薫の荷物を整理してたらこれが出てきてね。」
そういって、一通の手紙を渡された。手にとって見ると、黄色の封筒をクマのシールで留めてある。これが遺書かよ、なんて思ったのが声に出ていたらしい。
「そうよね、これが遺書だなんて、あの子らしい…。私達にはそんなの遺されてなかったから、何が書いてあるのか気になってね。でも、勝手に中身を見る訳にも行かないから、あなたに読んで欲しくて。」
薫の、最後の言葉。これを読んだら、もう薫は何も語らないのだという思いがよぎったが、僕は封を切った___。


長くなりすぎたからまたあした。

10/27/2025, 3:10:31 PM

苦しいことは、何もない。

何もない。

言い聞かせても、眠れない夜がある。

私の焔は、もう消えてしまったかもしれない。

でも、あなたの焔はきっとまだ。

10/26/2025, 7:22:26 PM

誰が私を救うんだろう。

そんなことを、ずっと考えている。

これは期待であり、怠慢でもある。

私は、自分で自分を救いたくない。

きっと他者に委ねずに、己で己を救済することが最も確かな道であるのだろう。

わかっている。

それでも私は、誰かに救われたい。

それは、救われたという目的の達成よりも、誰かが心をかけて、私を想って、私を愛してくれたという事実の方が、よっぽど大切だからかもしれない。

救という字は、求に手を表す攵からできている。

その手は同じ体温であって欲しくない。

惹かれるような熱さでも、冴えるような冷たさでもいいから、どうか。私の手を握って。

あなたが差し伸べる必要はない。

伸ばし続けた私の手を取るだけでいいの。

10/22/2025, 5:36:46 AM

生きていた時間が、なりたい自分へと爪先を向ける。

生きてきた時間が、有り得ないと警鐘を鳴らしている。

予感が、期待と経験を含むものなら、

きっと人生の期待はなるべく多い方がいい。

10/16/2025, 10:16:37 AM

「ねぇ、僕の星図見てない?」

「星図なんてなくったっていいじゃない。」

「その口ぶりは、何か知ってるね?教えてごらん。」

「だって、君は空ばかり。」

「しょうがないだろう。魅せられてしまったんだ。」

「そのせいで私は横顔ばかりよ、全く…。私の机の中よ。好きなだけ見たらいいじゃない。」

私の髪を一撫でしてから、彼は机へと向かう。

そんなもので、この気持ちが精算されるとでも思っているのか。

窓の緣に腰掛けて、彼はまた空を見上げる。

罪滅ぼしなのだろうか、星図を持っている手と反対の手は、私の手を握っている。

何度か振りほどいてやろうかと考えて、そして、彼の隣に座った。

絆されているのだ。

それに気づいて尚、私はここに居る。

私の愛は、これでいい。

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