真昼の夢
朝、目覚ましのアラームで無理やり目をこじ開けた。
昨日も残業だったんだ、さっき眠ったばかりの気がする。
眠い、まだまだ寝ていたい、でも起きて仕事に行かないと。
あと五分、五分だけ目を閉じていよう。
時計を見たら昼。
俺はゆるく寝返りをうって、うつ伏せになった。
大遅刻だぞ。慌てないのかって?
ははは大丈夫、きっと俺は俺の夢だから。
本物の俺はあの時起きて、ちゃんと仕事をしながら二度寝の夢を見てるんだ。
その証拠にほら、体がベッドに溶けて消えてゆく。
おや?デスクの前の俺も消えてゆく。
二人だけの。
ずっと、部屋の姿見鏡とギクシャクしていた。
それは年々体型が劣化してゆくのを、何とかしなさいよ!と鏡が責めてくるからだ。
こっちだって分かってはいる。
だからピラティスとかウォーキングとかやってみたけど、続かないんだもん、そもそも体動かすの苦手なんだもん。
が、鏡と目も合わさなくなった頃、家で出来るシンプルなエクササイズに出合って、気づけば半年続いていた。
「やれば出来るじゃない!」
鏡は大喜びだ。
「背中がスッキリしたし、首周りが細くなったよ。二の腕と足も」
「本当にそう思う?家族は誰も気づかないけど…」
「本当だって」
そんな訳で優しくなった世界、ただし私と鏡だけの。
良いのだ、気休めでも誰も気づいてくれなくても。
ちょっとおしゃれが嬉しくなって、ちょっと毎日幸せが増えれば。
夏
子供の頃はみんなやっていたと思う。
夏、扇風機の前で裾を持ち上げ、服の中に風を通して体を一気に涼しくする技。
ワンピースが一番やり易かった。
大人になってもお風呂上がりにこっそりやっていたが、今年は夫が扇風機を二階へ持って行ってしまった。
となると、代わりになりそうなのはリビングのアレしかない。
「何してるの?」
だからね、そういう事情でサーキュレーターを跨いで仁王立ちしてるんです。
真下から風を取り込んでるんです。
そんなびっくりした顔しないでよ。
隠された真実
ここはレトロな隠れ家的純喫茶で、私は店のマスターだ。
新顔の若い男女客が、カウンターの端で大変な秘密を打ち明け合っている。
「実は俺、狼男なんだ。今まで言えなかったけど…」
「じゃあ私も…本当は25歳じゃないの」
「えっ、いくつ?」
「125歳。昔うっかり人魚のお肉を食べちゃって」
「そうなんだ。でも俺、歳の差なんて全然気にならないよ」
「私も毛深い人、全然平気」
信じがたい会話が聞こえ、何だかんだ好き合っていそうな彼らを私は愕然と眺める。
ただ二人とも気づいているかな?
この店も私も、とっくにこの世のものじゃないことを。
隠されたこの場所に、生ある者がどうやって迷い込んだのか。
あと数分で日が落ちて、死霊の常連客たちが押し寄せてくるのだが。
風鈴の音
南部鉄器の風鈴が、狂ったように鳴っている。
独居の伯父が緊急入院した日のまま、軒下の雨風に煽られて。
聞く人のいなくなった風鈴の音は、風の悲鳴のよう。
お爺ちゃんが帰って来ない!
びしょ濡れで叫ぶ風鈴をそっと抱き下ろして連れて帰る。
おいで、私の所へ一緒においで。
拭き清めて新しい短冊を付けてあげる。
悲しまないでまた涼やかに歌って。
そして皆で、お盆を待ちましょう。