I love
長年連れ添った奥様に、普段口にしない愛を告白するサプライズ…的なテレビ番組を時々見かける。
そんな時、「ありがとう」と妻に言う男性がとても多い気がする。
えーっ、それって愛の言葉?
私はいつもそう思ってしまう。
だって「ありがとう」の前には「○○してくれて」のフレーズがくるはずで、めちゃくちゃ受け身やん!と感じるのだ。
ありがとうと告白されて、ときめく女性がいるだろうか。
「愛してます」はハードル高すぎでも、熟年夫婦ならそこは「今も大好きです」とか「大切です」とか言って欲しい。
とはいえ自分も長年夫婦をやってみると、「ありがとう」は限りなく「I love you」に近い言葉なのだと分かる。
そこには積み重ねた年月が込められていて、好き嫌いだけでは言い尽くせない想いがある。
「でもでもやっぱり、ありがとうはイヤ…」
とりあえず夫に「アイラブユー」と真顔で言ってみたら、ご飯を喉に詰まらせていた。
雨音に包まれて
古い茅葺き屋根を、しとしと雨が濡らしています。
雨の日の遊びは、畳いっぱい広げた折り紙、おはじき、カルタにあやとり、紙ふうせん。
「やっと会えたね、フジエちゃん」
「待たせてごめんね、キミちゃん」
「ずっと忙しかったもんね」
「そう、学校へ行ったり、お婿さんが来たり、お母さんになったり、お祖母さんになったり、後は忘れちゃった」
「もうすっかりいいの」
「うん、すっかり」
「じゃあ、ずっとずっと遊べるね」
小さな座敷わらしの女の子と、年を取って同じくらい小さくなったお婆さんが、楽しそうに笑っています。
優しい雨音に包まれて、遠い日の仲良し二人は、終わらない遊びを始めます。
どうしてこの世界は
……何という無関心な世界だ。
男はそっとほくそ笑んだ。
男の正体は宇宙からの侵略者、ここは太陽系第三惑星の東方の地である。
擬態して都心部に降りたってみると、住民の無関心さに、男は驚くばかりだった。
その理由は分かっている。
この星の住民は個々に意識を持っており、あの貧弱な頭部で各々別のことを考えているらしい。
種の共有意識器官をもつ男には、信じがたい非効率な生態だが、侵略にこれほど好都合な星はない。
試しに大声を出したり近くの物を破壊したりすると、住民はちらっとこちらを見るだけで、すぐに目をそらして去ってゆく。
個に関係しない限り、何が起ころうが無関心ということだった。
早速本隊を要請しようと決めた男は、ついでに通りすがりの原始的な乗り物を蹴りつけた。
中には住民の幼体が乗っており、倒れた拍子にけたたましく鳴き出した。
幼体の強度を確かめるべく手を伸ばした、その時。
突然背後から激しく突き飛ばされ、気づくと男は住民に取り囲まれていた。
数人が上からのし掛かり、大勢が薄っぺらな四角い機器をかざしている。
「赤ちゃんになんてことを…」
「無事で良かった…」
「悪い奴…拡散…」
「警察はまだか…」
言葉は解らずとも、住民たちの怒気が束になって迫ってくる。
“なぜだ…?”
男の頭の中に、母星の仲間の共有意識が混乱しつつ流れ込んだ。
“この世界に共有意識はないはずなのに…どうして…”。
水たまりに映る空
にわか雨の水溜まりに、ちっぽけなおもちゃの魚が泳いでいた。
水面には明るくなった空がくっきりと映っていて、おもちゃの魚はエヘンエヘンと得意げに咳払いをする。
「まあね…エヘン、僕は空を泳ぐ魚になったわけですよ。お風呂やプールや海なんかじゃなくってね」
ずいぶん偉そうなので、私はきっぱり現実を知らせることにした。
「悪いけど、それ空じゃないから。空が映った水溜まりだから」
「えっ…」
魚はショックを受けて絶句した。
魚の落ち込みがあんまり激しかったので、ちょっと可哀想になった私は、そのまま家へと連れ帰った。
糸をつけてモビールにして二階のベランダに吊るしてやると、魚はたちまち自尊心を取り戻し
「エヘン、つまり僕は空飛ぶ魚になったと…そういうことですね」。
そんなわけで、今日も魚はベランダで風に揺れながら、エヘンエヘンと空を飛んでいる。
恋か、愛か、それとも
想像してみて欲しい。
見た目が完璧に好みで、胸が苦しいほどときめくのに、絶望的に相性の悪い相手を。
価値観が何もかも合わず、五分も話せば腹が立って、軽蔑しつつも恋してしまう相手を。
そういう二人がギスギスと向かい合っている。
「お前もう口きくなよ、ムカつくから」
「あんたこそ黙ってよ。張り倒したくなるわ」
罵った相手のぷいっと背けた横顔も、額にかかる髪も、それを払う指の形さえ好きでたまらない。
そんな不毛な恋人たちを、青ざめたキューピッドが物陰から窺っている。
このやらかしは、始末書程度では済まなさそうだ。