#秋風
山の麓の小道に、色鮮やかな落ち葉が散らばっている。
大きくて真っ赤な一枚を、ふと取り上げて裏を見たら、小枝で引っ掻いたような字で
“どんぐり300コおねがいします”
と書いてある。
もう一枚拾ってみると、それには
“ミナミのクニへ引っこします。春までさようなら”。
他にも“冬みんのおしらせ”やら“しんせんな栗あります”やら、どれも手紙のようだ。
どうやら秋風の郵便屋さんが、鞄をひっくり返してしまったらしい。
#また会いましょう
初めて行ったスーパーの入口で、懐かしい人にバッタリ会った。
立ち話で大いに盛り上がり、またきっと会いましょうねと、名残惜しく別れた。
ぐるっと回って買い物をし、レジに並ぶと列のすぐ前に、別れたばかりの彼女の姿が。
早すぎる再会は、何だか気まずい。
#飛べない翼
コウノトリが僕の弟を連れてきた。
丸々とした綺麗な赤ん坊だが、背中に翼が生えている。
「おやおや、またか…」
「メリッサは優秀な魔女だし、彼女のキャベツ畑は素晴らしいんだけど…」
そう言って、両親は苦笑する。
どういうこと?と尋ねると、父さんは笑いながら僕の髪をかき混ぜた。
「お前の時なんて、立派な尻尾がついてたんだぞ」
優秀な魔女のメリッサには一つだけ困ったところがあって、とにかく惚れっぽいのだそうだ。
昼も夜も恋人を想っているので、それがうっかり魔法に映ってしまう。
僕がやって来た頃は、逞しい灰色狼の若者に恋していて、赤ん坊にはみんな三角の耳や尻尾がついていたらしい。
弟の翼は真っ白だから、メリッサの今の想い人は、さしずめ美しい白鳥の精だろう。
赤ん坊に宿った彼女の恋心は、一日で消える。
この素敵な翼は今日だけなんだな…と、僕はまるで天使のように見える弟をそっと撫でた。
#ススキ
月夜のススキヶ原に、足を踏み入れてはいけない。
背丈ほどもある、ススキの間から手招きしているのは、昔好きだった人?
いいえ、酷く傷つけた人。
白い穂の飛沫をあげて、ススキの海を渡ってくるのは、昔夢見た自由の船?
いいえ、怖くて乗らなかった船。
サヤサヤ響くススキの歌は、守らなかった約束。
遠い亡霊が私を責めるから、目を伏せて耳を塞いで、息を詰めて駆け抜ける。
#脳裏
…あの人に似てる。ほら、昔あのドラマに出てた女優さん。
…あれだろ。あいつが主演の、あのドラマ。
…そうそう、あのお母さん役の人。
最近私と夫の会話はこんな感じ。
言いたい女優さんの顔は、脳裏にはっきり浮かんでいるのに、名前が全然出てこない。
それでもなぜか伝わる、昭和生まれの夫婦です。