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11/15/2024, 1:57:28 AM

#秋風

 山の麓の小道に、色鮮やかな落ち葉が散らばっている。
 大きくて真っ赤な一枚を、ふと取り上げて裏を見たら、小枝で引っ掻いたような字で
“どんぐり300コおねがいします”
と書いてある。
もう一枚拾ってみると、それには
“ミナミのクニへ引っこします。春までさようなら”。
 他にも“冬みんのおしらせ”やら“しんせんな栗あります”やら、どれも手紙のようだ。
 どうやら秋風の郵便屋さんが、鞄をひっくり返してしまったらしい。


11/13/2024, 11:13:10 PM

#また会いましょう

 初めて行ったスーパーの入口で、懐かしい人にバッタリ会った。
立ち話で大いに盛り上がり、またきっと会いましょうねと、名残惜しく別れた。

 ぐるっと回って買い物をし、レジに並ぶと列のすぐ前に、別れたばかりの彼女の姿が。
早すぎる再会は、何だか気まずい。

11/12/2024, 12:14:10 AM

#飛べない翼

 コウノトリが僕の弟を連れてきた。
丸々とした綺麗な赤ん坊だが、背中に翼が生えている。
「おやおや、またか…」
「メリッサは優秀な魔女だし、彼女のキャベツ畑は素晴らしいんだけど…」
そう言って、両親は苦笑する。
 どういうこと?と尋ねると、父さんは笑いながら僕の髪をかき混ぜた。
「お前の時なんて、立派な尻尾がついてたんだぞ」

 優秀な魔女のメリッサには一つだけ困ったところがあって、とにかく惚れっぽいのだそうだ。
昼も夜も恋人を想っているので、それがうっかり魔法に映ってしまう。
 僕がやって来た頃は、逞しい灰色狼の若者に恋していて、赤ん坊にはみんな三角の耳や尻尾がついていたらしい。
弟の翼は真っ白だから、メリッサの今の想い人は、さしずめ美しい白鳥の精だろう。
 赤ん坊に宿った彼女の恋心は、一日で消える。
この素敵な翼は今日だけなんだな…と、僕はまるで天使のように見える弟をそっと撫でた。

11/11/2024, 1:09:38 AM

#ススキ

 月夜のススキヶ原に、足を踏み入れてはいけない。

 背丈ほどもある、ススキの間から手招きしているのは、昔好きだった人?
いいえ、酷く傷つけた人。
 白い穂の飛沫をあげて、ススキの海を渡ってくるのは、昔夢見た自由の船?
いいえ、怖くて乗らなかった船。
 サヤサヤ響くススキの歌は、守らなかった約束。

 遠い亡霊が私を責めるから、目を伏せて耳を塞いで、息を詰めて駆け抜ける。

11/9/2024, 10:59:00 PM

#脳裏

 …あの人に似てる。ほら、昔あのドラマに出てた女優さん。
 …あれだろ。あいつが主演の、あのドラマ。
 …そうそう、あのお母さん役の人。

 最近私と夫の会話はこんな感じ。
言いたい女優さんの顔は、脳裏にはっきり浮かんでいるのに、名前が全然出てこない。
 それでもなぜか伝わる、昭和生まれの夫婦です。

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