#一筋の光
ショッピングモールのエレベーターで、大きなベビーカーを押した若いママと、お祖母ちゃんらしき女性が乗ってきた。
スミマセン…とひどく恐縮されながら、私たち乗客は隅の方へ体を避ける。
思わず眺めたベビーカーの中には、お揃いの服を着た赤ちゃんが二人、ぐっすり眠っている。
わあ、双子ちゃんだ…という、みんなの微笑と眼差しが、暖かな光のように、赤ちゃんたちを照らす。
#哀愁を誘う
夏の終わりに、リビングのエアコンを新調した。
去年からエアコンの調子が悪かったのだが、だましだまし使っていて、残暑に耐えかね、ついに買い替えたのだった。
買い替えを躊躇っていたのは、高額なのもあるけれど
「もうダメだな」「買い替えよう」
と家族で話すたびに、古いエアコンが急に音を立てて風を強め
「まだまだ働ける!」「捨てないで~」
と必死になっているようで、何だか哀愁を誘われたからだ。
思えばこの家に来てから、長い間頑張ってくれた古いエアコン。
しかし新しいエアコンをお迎えし、キリッと冷えた空気に触れたとたん、汗だくで過ごした夏を激しく後悔した。
#鏡の中の自分
吸血鬼は鏡に映らないらしいが、この世の存在ではないからだろうか。
なぜそんなことを考えているかと言うと、帰宅して手を洗おうとしたら、洗面台の鏡に自分が映っていなかったからだ。
思わず目をこすったら、まだ洗ってもいないのに手が濡れている。
見れば両手が真っ赤だ。
そう言えば駅からの帰り道、後ろで車の音がして、ふいにドン!と激しい衝撃を感じた。
それきり何も起こらなかったので、まっすぐ帰って来たのだが、鏡に映らないということは、どうやら私は…。
#理想郷
ひろと君と僕は図書館で、クジラに飲み込まれた男の、古いお話を見つけた。
男の名まえはヨナ。神さまの言いつけに従わず、船で逃げようとしたら嵐になった。
自分のせいだと思ったヨナが、海に飛び込むと、大きなクジラがやってきて彼を飲み込んだ。
ヨナは三日間クジラのお腹にいて、そのあと吐き出され、今度は神さまの言う通りにした。
「じゃああれも、僕らを見張ってるってこと?神さまに逆らうヤツがいたら、飲み込むために」
「うーん」
図書館前のベンチで、僕らは空いっぱいを覆う、巨大な宇宙クジラを見上げる。
「なんか見張るとか、そんな風に見えないなあ…」
あれはもっと、ゆったりしてて大きくて。
まるで方舟みたいに、僕らを遠い新しい世界へ運んでくれそうな気がする。
そう言ったら、ひろと君は
「僕も」とにっこり笑った。
#懐かしく思うこと
駅前で声をかけられた。
「ミッチー、ミッチーじゃない?」
振り返ると同時に、女性が駆け寄ってくる。
「うそ、こんな所で出会うなんて。何年ぶり?」
懐かしい!元気だった?と手を握られる。
私の名前はミチルだが、ミッチーなんて呼ぶ知り合いはいない。
満面の笑みで懐かしい!と繰り返す、女性の顔にもまるで見覚えがない。
さて困った、彼女は一体誰だろう。