NoName

Open App
9/28/2024, 12:37:16 AM

#通り雨

 通り雨に降られて、立ち寄る予定のなかった小さなお寺に逃げ込んだ。
 レンタル自転車を停めて中に入ると、狭い畳の部屋に古い古い仏様。
火災で酷く損傷したというお姿は黒く大きく、あちこち補修されて少し歪だ。
 雨のせいかそれともあまり人気がないのか、他に参拝者もおらず仏様と私の二人きり。
向い合わせで話すみたいに、間近に座って傷のあるお顔を眺めていると、悠久の時に呑み込まれたような、とても静かな気持ちになる。
 通り雨のおかげで、素敵な仏様に出会えてしまった。

 ここに1400年も動かず鎮座しているという日本最古の仏像、奈良の飛鳥大仏。
 また来ますね…とご挨拶して、雨の上がった外に出た。

9/26/2024, 2:34:42 PM

#秋🍁

 彼女は苦心している。
天職であるはずの染め物が、上手くいかないのだ。
 ここ数年、彼女の作品を観に来るファンの声は厳しい。
「今年の紅葉も今一つだわね」
「以前は素晴らしかったんだがなぁ」

(…だって、しょうがないんだってば)
 夏が暑過ぎるし、日差しも雨も強烈すぎる。
彼女の染め物に大切な、気温差や適度な湿度が望めない。
 ため息をつきつつ、でもどんな時でも最善を尽くすのが、職人で芸術家でもある彼女の流儀だ。

 竜田姫は唇を引き結び、今年こそはと慎重に秋の野山を染めてゆく。

9/26/2024, 2:09:00 AM

#窓から見える景色

 風が強く、半分欠けた月が妙にギラギラ明るい夜。
 窓を開けると冷えた空気が吹き込み、静まり返った住宅地の庭木と電線が狂ったように揺れている。
 遠くに救急車のサイレンの音、どこかで黒猫の鳴き声、夜空に浮かぶのは異星人の船、通りを走り去ったのはナイフを持った殺人鬼。
 …急いで鎧戸を閉めた。

 怪奇短編集をパタンと閉じて、テーブルライトをつけたまま、今夜はもう眠ってしまいましょう。

9/25/2024, 1:20:39 AM

#形の無いもの

 幼い子供が、抱いてもらえると信じきって両手を伸ばす。
 体の不自由な老犬が、撫でてもらえると信じきって、こちらを見上げる。
 小さい弱い存在が、愛情という形の無いものだけを頼りに、絶対的強者の私に疑いもせず全身を預けてくる。
 ぎゅうっと抱きしめるしかない。

9/22/2024, 11:07:52 PM

#声が聞こえる

 母が若い頃の話だ。
携帯電話なんてまだない時代、友達と家の電話でお喋りをしていて、話題がお互いの恋人のことになった。
 実はね…と、友人が彼氏と関係の深まったことを打ち明け、え~っとかきゃ~とか盛り上がっていると、突然受話器の中から野太い男の声がして
「俺も仲間に入れてくれよ」
と言った。
 
 母と友人は凍りつき、すぐに電話を切ったそうだ。
 昔のことだから混線があったのか、人為的な悪戯か、それとも何か霊的なものか、理由は分からない。
 何にしても怖すぎる実話である。

Next