#秋🍁
彼女は苦心している。
天職であるはずの染め物が、上手くいかないのだ。
ここ数年、彼女の作品を観に来るファンの声は厳しい。
「今年の紅葉も今一つだわね」
「以前は素晴らしかったんだがなぁ」
(…だって、しょうがないんだってば)
夏が暑過ぎるし、日差しも雨も強烈すぎる。
彼女の染め物に大切な、気温差や適度な湿度が望めない。
ため息をつきつつ、でもどんな時でも最善を尽くすのが、職人で芸術家でもある彼女の流儀だ。
竜田姫は唇を引き結び、今年こそはと慎重に秋の野山を染めてゆく。
#窓から見える景色
風が強く、半分欠けた月が妙にギラギラ明るい夜。
窓を開けると冷えた空気が吹き込み、静まり返った住宅地の庭木と電線が狂ったように揺れている。
遠くに救急車のサイレンの音、どこかで黒猫の鳴き声、夜空に浮かぶのは異星人の船、通りを走り去ったのはナイフを持った殺人鬼。
…急いで鎧戸を閉めた。
怪奇短編集をパタンと閉じて、テーブルライトをつけたまま、今夜はもう眠ってしまいましょう。
#形の無いもの
幼い子供が、抱いてもらえると信じきって両手を伸ばす。
体の不自由な老犬が、撫でてもらえると信じきって、こちらを見上げる。
小さい弱い存在が、愛情という形の無いものだけを頼りに、絶対的強者の私に疑いもせず全身を預けてくる。
ぎゅうっと抱きしめるしかない。
#声が聞こえる
母が若い頃の話だ。
携帯電話なんてまだない時代、友達と家の電話でお喋りをしていて、話題がお互いの恋人のことになった。
実はね…と、友人が彼氏と関係の深まったことを打ち明け、え~っとかきゃ~とか盛り上がっていると、突然受話器の中から野太い男の声がして
「俺も仲間に入れてくれよ」
と言った。
母と友人は凍りつき、すぐに電話を切ったそうだ。
昔のことだから混線があったのか、人為的な悪戯か、それとも何か霊的なものか、理由は分からない。
何にしても怖すぎる実話である。
#秋恋
なにとなく君に待たるるここちして
出でし花野の夕月夜かな
(何となくあなたが待っているような気がして、月のとても綺麗な夕暮れに、花の咲く野に出てみたの)
秋の恋なら与謝野晶子のこの短歌が浮かびます。
好きな人で頭がいっぱいで、じっとしていられない感じ。
会いたくて長い秋の夜。