#心の灯火
外面に心底疲れた帰り道、急にこのまま実家に帰ろうと思いついた。
思いついたとたん、胸にポッと何かが灯る。
私が古い私に戻れる場所。
大丈夫、明日は休みだし、生ゴミは今朝出してきた。
乗り換え駅で乗り換えて。
私を見て全身で喜ぶ老犬の姿が目に浮かぶ。
#開けないLINE
思いがけない人からの嬉しいLINEは、もったいなくてすぐ開けられない。
ゆっくり素敵な返事が書きたい。
気が利いててさりげなくて、また返信したくなるような。
用事を済ませて部屋のドアを閉めて、宝物を開けるみたいにポンッと開く。
たくさん文字が並んでいて、わくわくする。
#香水
月が空高く昇ったころ、小さな貝殻の形をした容器をそっとわたしに握らせて、彼女はささやいた。
薔薇の練り香水なの。
ほんの短い時間、ごく仄かに香るわ。
眠る前に喉のくぼみにつけてね。
きっと良い夢がみれるから。
そうして、カーミラのように怪しく微笑んだ。
#言葉はいらない、ただ…
言わなくても分かる、言わなくても伝わる。
本当に大切なことは言葉じゃなく、ただ感じて欲しい…
いつもそんな風に言っていた元彼。
いや絶対ムリだし!と思ってすぐ別れたけれど、風の噂でどこかの教祖様になっていると聞いた。
まさか本物のテレパスだったとは思わなかった。
#突然の君の訪問。
友人の奥田が突然、真夜中に訪ねて来た。
正確には訪ねて来たのではない、寝ている俺の枕元に、知らぬ間に座っていたのだ。
俺はギャッと悲鳴を上げ
「お前どこから入って来たんだ」
と言った。
「知らん。幽体離脱ってやつだ。お前の助けが要るんだよ、佐野」
聞けば夜中にどうしてもアイスが食べたくなった奥田は、自転車でコンビニに行く途中で石に躓いて転倒し、頭を打って失神したのだと言う。
「俺のアパートの裏道、知ってるだろう。あの街灯のない、人けのない道で今まさに倒れてるんだよ俺は」
つまりここにいる奥田は、生霊というわけだった。
俺は仕方なくタクシーを飛ばし、奴が事故ったという場所へ向かった。
奥田の体は白目を剥いて倒れており、どうやら息はあったので、救急車を呼んだり何だりで大変だった。
ようやく明け方部屋に帰ると、生霊の奥田の姿はすでになく、ホッとした俺は急に腹が減ってきた。
そうだ冷凍庫にアイスがあったな…と思って取り出してみると、腹の立つことに、中身だけがキレイに無くなっていた。