願い事
幼い頃は素直に七夕の短冊に願いごとを書いたものだ。
スーパーの一角に誰でも好きに願い事を書いていい催しが毎年開かれる。
そこにはまだ首の座ってない字がならんでいた。
内容もとても愛らしくやはり子供は宝だと気づかされる。
今となっては願っても叶わないと知ってしまった。
願うだけ虚しく、それでも願わなければやっていけない。
それに、子供と違って内容に夢がない。
「健康でいられますように」
「安全に過ごせますように」
これが結局いちばん大切なのは分かってる。
でも、スーパーの笹の葉とはまるっきりくすんで見えてしまう。
悟りを開いた瞬間に大人になったと感じる。
ないものねだりという概念を知った時に大人になったと感じる。
期待という言葉が煌びやかではないと知った時に大人になったと感じる。
そうやって幾つもの損失が人を大人にするのかもしれない。
得たものは年齢だけ。
いつの間にか願ってはいけないみたいな風潮が私の中で確立していた。
どうせ叶わないのにと馬鹿馬鹿しく思えてきてしまうからだ。
願っている自分が惨めだと。
私の願い事は、なんだろう、分かんないや。
青く深く
周りに何を言われようと、自分だけが貴方の本当を知っていると勘違いして
離れてから私の存在を欲してくれると期待して
貴方は私のことを好いていると悦に浸って
貴方を扱いきれるのは私だけだとまた勘違いをして
貴方の生活に私がまだ存在してるとまた期待して
通話をかけてくるくらいには私と離れられないんだとまた悦に浸って
自分が惨めだということを認めたくなくてまた勘違いを繰り返す
認めてしまったら貴方と過した日々が無下になってしまう
依存していたのは貴方ではなくて私の方だったと気づいた
私の青春を掻っ攫っていった貴方を忘れることなんてできない
次に進もうなんて思えなくて、貴方の写真を見返しては過去の思い出に縋っている
時間が経てば忘れられるというけれど、深く染み付いた貴方の痕跡がいつまでも私を苦しめる
夏の気配
紫陽花 桔梗 ラベンダー
湿気 カビ 濡れたままの洗濯物
うねる髪 落ちるメイク
頭痛 憂鬱 倦怠感
低気圧 目眩 吐き気
鮮明になるスクールカースト
張り付く制服
曇りがちな午後の空
床と上履きが擦れる音
上手く引けない椅子
書きにくいノート
夏の気配を感じずにはいられない。
まだ見ぬ世界へ!
最近、ハイテンションな人を見たり、希望を揶揄する文言を見るとため息が出る。
まだ見ぬ世界???
今の生活に精一杯でそんなものを考える余裕なんて持ち合わせていない。
目の前の世界をただただ淡々とこなしていくだけ。
それだけで自分を褒めなければ心が折れてしまいそうなくらいだ。
いつからか自分にも世の中にも希望が持てなくなっていた。
きっとそれは自分を守っていたように思う。
希望のない死なない程度の生活を送る日々が嫌いなわけじゃない。
でも、何がしたいんだっけ、とふと思う。
考えたって分からない。
家賃を払うために働いてると気付いた時、操り人形にでもなっている気分になった。
全ての意味を考えたらキリがないから考えるのをやめた。
結果、何の目標もなく無気力に生きる人間に成った。
このままでいいのだろうか、と思うこともあったが、思っただけ無駄なので思うのをやめた。
自分を責めるつもりは無い。
ただ、まだ見ぬ世界を夢見ている人間を少し羨ましく思う。
最後の声
最後の声、なんだっけなあ、忘れちゃったな。
大好きなはずなのに。
人は「声」を最初に忘れるらしいけれど、本当かもしれない。
最後になるってわかってたなら録音でも何でもできたのに。
声は思い出せないくせに、笑顔も仕草も匂いも覚えてる。
不思議だなあ。
最後の声か、思い出したら尚更辛いや。