2/1/2026, 10:58:32 AM
〚ブランコ〛
ブランコには痛い思い出がある。
鎖の金属がきしむ音を思い出すと、
背中がこわばる。
理由はひとつ、園庭のあの場面に、
今でも呼び戻されるからだ。
幼稚園児の頃、私は当時の親友と
並んでブランコに座っていた。
靴先で土を蹴り、そこだけ時間が
ゆっくりになる。
風よりも先に、チェーンが鳴って
私たちの背を押す。
行って、戻って、また行く。
世界が弧を描く。
そのときだ。
やんちゃな一人の男の子が、こちらに向かって駆けてきた。
砂を跳ね飛ばす足音が近づき、私たちの弧と交差しそうな気配がする。
「危ないよ」
言おうとした瞬間、彼は勢い余って
前のめりに転んだ。
視界の端で小さな体が土を抱え込み、音より先に静けさが落ちる。
すぐに泣き声がはじけた。
砂に滲む赤い色。
親友は少々ドライなところがあって
「大丈夫、先生呼んでくる」
と落ち着いた声で言った。
私はというと、膝が抜けたみたいに
立ち上がれない。
ブランコの鎖をぎゅうっと握りしめ、手のひらが痛くなるのも構わず、ただ揺れを止めることしかできなかった。
目を逸らせばいいのに、逸らし方が
分からず、視界の端に赤が残像のようにこびりついた。
その日からだ。
ブランコの座面は私にとって、ただの板ではなくなった。
すっかり成人した今では、ブランコに近寄ることも無い。
公園の前を通り過ぎるとき、
視線は自然と砂場や滑り台へ逃げる。
それでも、あの弧のなかにいた時間のことを、完全に嫌いにはなれない。
単純な往復に、心が軽くなる瞬間は
たしかにあったから。