始まりと言うのは春か年始にあるもんだと思っていた。
少なくともこんな秋じゃない。
もっと爽やかで。
もっと新鮮で。
少なくとも、今、目の前で大粒の涙を流しているこの子を前にして高鳴るこの胸のドキドキは、恋なんかじゃない。
いつもムカつくこいつの涙を見てドキドキするほど俺は単純じゃない。
そんなどっかのラノベみたいなシチュエーションで恋に落ちてなるものか。
この胸の高鳴りは、そう、俺のせいで泣いていると思われたらどうしよう、のドキドキのはずで。
潤んで、今にも涙とともに溶けそうな瞳が俺を見上げる。
光が水に混ざって。
溢れて。
零れて。
落ちると思ったら受け止めなきゃって、咄嗟に抱きしめていた。
……………………あぁ〜、俺、この後どうしたらいいんだろ。
季節だって、場所だって問わず、始まりに共通してる事が一つだけある。
始まりはいつも、突然で、予想外だ。
お題/始まりはいつも
ふと秋の香りがした。
甘ったるく、どこか懐かしさを覚える小さな橙色の花の香り。
渡り廊下からは遠いし、廊下の窓も空いていない。
どこから香るのだろうと香りを辿って振り返れば、君の後ろ姿。
襟元に零れた小さな花。
金木犀の下で本でも読んでいたのだろうか、手に持つ分厚い本のタイトルは分からない。
今度、図書館で名前を探してみよう。
後、君が本を読んでいた金木犀の木も。
恋に落ちるのは春ばかりだと思っていたけれど、すれ違いざまに香った花に感じた予感はきっと当たるだろう
お題/すれ違い
空の青さが増してきた。
乾いた空気、雲ひとつ見当たらない空に秋を感じる。
こんなに清々しい空なのに、何故か寂しく感じるのは一気に寒さを増した気温のせいだろうか。
もう少しすれば、息も白く曇る季節になるのだろう。
赤く色付いた葉がカサリと乾いた音をたてて落ちる。
こんな日には手を繋いでくっついて過ごしたい。
寒さを言い訳にできる季節の訪れに、僕も、あの葉のように色付くのだろう。
見上げた一面の青が、背中を押してくれている気がした。
お題/秋晴れ
空に細くのぼる煙を見ていた。
ある程度の高さを超えると空に溶けるように消えてしまう、細い、細い煙。
きっと、君の魂を、心、みたいなものを乗せていくんだろ。
高く
どこまでも高く
空に溶けても、まだまだ登って
君の好きな雲に届けば、ふわりと、好きな形を作って。
君の好きな月に近付けば、うさぎの影も跳ねるだろう。
君の好きな星に近付けば、瞬いて、その存在を教えて。
高く高く。
どこへ行っても、僕には君が分かるから。
どうか君は、今も幸せでいて。
お題/高く高く
子供のよう、と言われる程、子供とは自由だろうか。
無邪気で、奔放なものだろうか。
得てして、大人になると子供に「無邪気」という幻想を抱きがちになるのは何故だろう。
子供は、子供なりに色々と大変だ。
大人の顔色は見なければならない。
集団に属する上での空気も読まなければならない。
個か集団かを選べる選択肢もなく、属する集団を自分で自由に選ぶこともできない。
行ける場所も。
得られるものも。
誰かの力を必要とする。
子供が真に自由なものなんて、きっと心の中くらいだろう。
忘れて、遠くなるから。
長い長い大人としての時間より、短い子供時代がきらめいて見えるだけなのだ。
子供のよう、なんて言葉、子供には使わない。
子供のよう、なんて。
自由になりたいのに未だになれない大人が、
自由に見える大人に幻想を重ねて使うだけの言葉なのだ。
そして、子供のようと言われる私は
今日も、まるで子供のように。足枷などないように。
幻想を見せながら、人生を踊っている。
お題/子供のように