殺風景な病室は冷たい感じがするから
温かみのある壁紙で明るい部屋がいい。
窮屈に感じる時もあるだろうけど
四人部屋くらいがいいのかな。
夜 眠りにつくとき、
お見舞いにきてくれた人が帰ったとき、
孤独を感じて無性に寂しくなるかもしれないし
一人でいると余計なことまで考えてしまうから。
欲をいえば窓際で、
空の青さや木々の緑や飛び立つ鳥をみながら
外の世界に触れていたい。
身の回りはお気に入りを集めて、
少しでも心地よくいられるよう、
大切なぬいぐるみももちろん枕元に。
こんな想像をしてはみたけれど、
できることなら、これから先も想像の中だけで。
122:病室
明日、もし晴れたら
窓を全部開け放して、新鮮な空気を取り込もう。
青空の下、ゆったり海沿いを散歩してみようか。
憂鬱な気分もきっと一掃できるはず。
明日、もし晴れたら
優しい世界の始まりを信じられるかも。
121:明日、もし晴れたら
人の顔色をうかがうのも
深読みしてしまうクセも
いつからだろう?
誰かと会うことや一から関係を構築することに
思いの外気合いを要したり
一人になれば、どっと疲れがでたり
そうしてるうちに
一人でいることを身体と心が望むようになって。
だから、“必要以上に無理はしない”と決めた。
そうしたら、心がすごく楽になった。
今はただ、その思いを優先して生きている。
もうしばらく続くかな、私の充電期間。
120:だから、一人でいたい。
この世界に起こる
争い 身勝手 理不尽 格差 差別
これが世界のスタンダード?
それとも私の目が濁っているせい?
和解 協力 道理 祝福 愛 絆
澄んだ瞳で見れば、こんな世界も確かに見えてくる。
どこを見るか、切り取るかで、
物事の受けとり方はまるで変わってくる。
もう少しだけ、信じてみようか。
澄んだ瞳で、この世界を見てみれば、
捨てたものでもないよ、と少しは思えるかな。
119:澄んだ瞳
たとえ嵐が来ようとも
本来、このあとに続くのは
嵐に立ち向かうような奮起する力強い言葉なのだろうね。
でもいまの私には
その意思を持つことは難しくて。
嵐が来たら、
じっとして 大人しくその時をやり過ごす。
嵐の爪痕が少しでも軽くすむことを祈るだけ。
でも、こうして何度目かの嵐を経るうち、
この身を守る術や立ち上がり方を学んでいくかもしれない。
人生に無駄なことはないと、それだけは信じてるから。
118:嵐が来ようとも