なんで「私だけ」
これまで何度そう思っただろう
物事は受けとり方次第とか
気の持ちようだとか そんな風に考える次元は
とうに超えてしまったの
神様からは私が見えていないのかい?って
本気で思った時もある
でも今分かった
「私だけ」を感じてる人が私だけじゃないんだってこと
冷静に考えたら分かることなんだろうけど、
どこか「自分のいる場所=この世のすべて」になっているところがあるからさ
普段の自分はそこに生きているわけで、
広い世界の誰かと比べて幸か不幸かはかったところで、自分がいる世界に直接影響があるわけじゃないから…
でも、みんな口に出さないだけで、
同じように感じてる人がごまんといるんだね
“私だけは決して私だけじゃない”
そう思うだけで、心強くもあり救われる気がする
107:私だけ
夏になると、祖父は決まって栃木県の烏山へ遊びに行き、
私も幾度か一緒に連れていってもらった。
鮎を食べたり、蛍を見たり、
夏の思い出がぎゅっとつまっている。
お祭りの屋台で、当時流行っていたサッカーチームのユニフォームが欲しくなりねだって買ってもらった。
祖父と二人、揃いのユニフォームに袖を通し記念撮影。
先日、アルバムの整理をしてこの時の写真を発見した。
びっくりするくらい、2人ともいい笑顔をしている。
・神輿をかつぐ人々の熱気と太鼓の音
・焼きそばやお好み焼きのソースの匂い
・人が溢れてはぐれないかと少しだけヒヤヒヤしたこと
・怖がりながら、大きな犬の頭をわしゃわしゃした手の感触
一気に記憶がよみがえってきた。
あの頃に戻りたいような、
もう戻れないと分かっているから
より一層色濃く感じられるのか。
あまりに無邪気な自分の笑顔をみていたら、
少しだけ涙が出た。
106:遠い日の記憶
ここ(地上)は少し息苦しいところだけど
そちら(空)はどうですか。
こちらからみると、空は開けていて
とても気持ちがよさそうです。
もしかしたら、そちらからみると、
地上は緑があり海があり、そしてこの賑やかさも
魅力的にうつっているかもしれませんが。
あなた(空)がかわらずにそこにいることで
私たちも安心できているのでしょう。
今日も明日も、共に在りますように。
105:空を見上げて心に浮かんだこと
終わりにしよう
必要以上に自分を卑下するのを。
終わりにしよう
起きてもいない不安を考えすぎること。
終わりにしよう
過ぎ去った出来事に捕らわれるのは。
すべて今日で終わり。
104:終わりにしよう
まだまだ続くこの道
今は一人でもなんてことはない
でもこの先 手を取り合って
歩ける人がいた方がいいんだろうな~
と漠然と感じる
“結局最後は1人”とよくいうけれど
できれば、
楽しく誰かといられたら それに越したことはないよね
手を取り合っての前に
まずは 手を合わせて いいご縁をお願いしなくては!
103:手を取り合って