「ここは何処だろう」
目を覚ましてすぐ違和感を覚える。
一見して和室のように見える部屋に寝ていた私は、体を起こして周囲を見渡す。
知らない部屋だ。
見覚えすらない。
ふと、隣に男の子が寝ている事に気付いた。
この子は確か、近所に住んでいるコウタくん。
明るい男の子だ。毎朝元気よく挨拶してくれる。
知らない空間に放り込まれて不安がある。だけど、私が不安そうにしていたらコウタくんはより不安になるかも。
だから、目を覚ます前にある程度この部屋を調べておく必要がある、かもしれない。
そもそも、どうやってこの部屋に入れられたのか。
引き戸があるからそこから連れてこられた、と思うのだけれど。
戸は開かない。
鍵穴はあるから鍵が掛かっているみたい。
ここが開けられれば話しは簡単だったけれど、そうはいかないみたいだ。
なら、他の場所から出られないか、と考えて障子を引いてみたけれど、こっちも開かない。
さっきの引き戸と違って動く気配が微塵もなかった。
改めて部屋を見回す。
部屋はそんなに広くなくて、四畳程度。
引き戸から見て、対面側に障子があり、床は畳だ。
中央には机があって、その上にはカセットコンロと厚紙が無造作に置かれていた。
引き戸側の左隅で扇風機が上の方を向いていて、随分と昔の物なのかガタガタと音を立てて回っている。
右側の壁にはタンスが備え付けてあり、その上には可愛いデザインをしたお殿様の人形が座布団の上にちょこんと座っている。
その隣には部屋の雰囲気には似つかわしくない大きな柱時計。
それでここにある物は全部みたいだ。
机の上にある厚紙には大きく、何をしても出られない部屋、と書いてある。
こんな事を書いて置いておくだなんて悪趣味にも程がある。
何か裏があるように思えてならない。
手に取って裏を見ると黒い何かが描かれている。
虫のように見えるけれど、なんの虫なのか私には分からない。
もしかしたらコウタくんなら分かるかもしれないけど、目が覚めないことにはどうしようも出来ない。
それまでは出来る限りこの部屋のことを調べておこう。
タンスはほとんどが空だ。
見付かったのはカッターナイフだけ。
開かなかった引き出しが三つ。
それぞれ鍵穴がある。
鍵が隠してあるのだと思うけど、何処にあるのかは分からない。
「ん、ぅぅ……」
コウタくんが目を覚ましたみたいだ。
「おはよう。 気分はどうかな?」
「お姉、ちゃん……? ここは何処……?」
言葉に詰まった。
どう説明したものか、と悩む。
しかし、コウタくんを不安にさせてしまうからあまり黙ってはいられない。
何か子供をわくわくさせられる言葉が見つかればいいのだけど。
「えっと……ここは……。 謎が沢山隠された部屋なの! ここの謎を全て解き明かすとお宝が手に入るんだよ!」
思い付きで口走ってしまったけど、コウタくんがこういうのが好きなのかどうかは分からない。
乗ってきてくれたら嬉しいんだけど。
「なぞ? テレビとかでやってるやつ?」
「そうそう! コウタくんはこういうの好きかな?」
「うん、だいすき!」
良かった。
一先ず、不安を一つ解消出来た。
ともかく。
「良かった! それじゃあ、第一問目です! ここに描かれた生き物は何でしょう?」
厚紙に描かれた黒い虫に見える何かの絵だ。
私には皆目見当もつかない物だったけど。
「うーん、バッタ? トノサマバッタ!」
「トノサマバッタ? んー……? おー……そうかも! すごい! よくわかったね!」
ちょっと大袈裟なくらいに褒めてあげると、照れくさそうに、でも得意げに笑うコウタくん。
早速、進展した。
一人ではこれを解くのにもっと時間がかかったかもしれないと思うと、コウタくんが居てくれて良かった、と思う。
だけど、トノサマバッタだと分かったからと言ってこれをどうしたらいいのかが分からない。
「トノサマバッタ……トノサマバッタ……殿様?」
タンスの上にお殿様の人形があるのを思い出して、手に取る。
その瞬間。
『何をする! さては謀反か!?』
お殿様の人形が喋った。
「なにそれ! 面白い!」
「触ってみる?」
元気よく返事をしたコウタくんにお殿様人形を渡すと、頻りにお腹を押し込んで遊び始める。
お腹を押し込む度に、何をする!さては謀反か!?と言うので少し可笑しくて、笑みが溢れる。
「ん、なんか付いてた!」
そう言って私に小さな鍵を渡してくる。
タンスの鍵穴に合いそうな大きさの鍵。
試しに入れてみると、一つの鍵が開いた。
「コウタくん! 次の問題だ!」
「え! なになに?」
鍵の空いたタンスから出てきたのは、いまなんじ? と書いた紙だった。
柱時計を見ると二時十六分を指している。
しかし、この問題が意図するのは、どういうことなのだろうか。
「いまなんじ?」
コウタくんは問題を読み上げると直ぐに辺りを見回し、柱時計ではない壁の高い位置を指差して。
「五時!!」
そう言った。
コウタくんが指差す場所には、如何にも落書きと言った感じで時計が描かれており、その時計は歪な形ではあるけど確かにそれは五時ぴったりを指している。
それを見てから何気なく柱時計の時計盤に触れると、針を自分で動かせることに気付いた。
お殿様の時の事を考えると、ここを動かすのかもしれない。
「コウタくん、この時計を五時にするイタズラしてみない?」
「え! いいの!? やるやる!!」
コウタくんを抱え上げて、時計を触らせると好き勝手に回し始める。
あまりこう言う事は出来ないからか、目を輝かせて遊んでいて微笑ましい。
「できた!」
五時に針をセットした時、柱時計の下の方から何かが動く音がした。
コウタくんを降ろすと、直ぐにかがんで開いた場所を見る。
そこからまた、新しい鍵を見付かった。
「やったね! これで次の問題が出てくるかも!」
早速タンスに鍵を差し込み、開く。
すると、そこには真っ白な紙があるだけ。
「何が出てきたの? 見せて! ……真っ白?」
コウタくんにも見せてあげるけど、私に全く分からない物がコウタくんに分かるはずもない。
どうしたものか、と周りを見渡してどうにか出来るものを探す。
と言っても、この部屋にある物がそもそも少なさ過ぎる。
使えそうな物と言ったら、カセットコンロとカッターナイフくらいだ。
あとは他の問題用紙と扇風機。
「なにこれ! 何も書いてないじゃん! 全然、問題じゃないよ!」
確かにこれじゃ問題にならない。
だけど、これ自体が問題だとしたら?
ガスコンロが目が向く。
昔、理科の実験で字が浮かび上がる方法と言うのをやった記憶が蘇る。
紙に蝋燭で字を書いて炙るという単純な物だけど、これをやったなら確かに問題じゃない問題が出来上がる。
試しに紙を擦ってみると、紙質の所と、紙ではないようなつるりとした滑る所が所々にある。
「コウタくん。 これ、ちょっと触ってみて欲しいんだけど」
同じ面でも紙の質感が触る位置違うことを教えると、なんで分かったの!? と驚かれた。
「これ、触ってなぞってみたらなんて書いてあるのか分かるんじゃない?」
そうして時間をかけて割り出した文字は、せんぷうき。
扇風機の足にあるスイッチを切ると、扇風機の羽根と同じ青色のポリ袋が貼り付けられていた。
その中にはタンスの鍵とは違う鍵が入っており、それが恐らく引き戸の鍵だ。
コウタくんと一緒になってテンションが上がる。
これでやっと出られる。
そう思って引き戸を開けた。
しかし、何もなかった。
テーマ:二人ぼっち
愛らしい少女が俺に笑いかけている。
そんな夢を昔から繰り返し見る。
少女は決まって俺の夢に出てくると、開口一番に、遊ぼう、と言ってくる。
どんな遊びが良いか聞くと、必ず返ってくるのが、おままごと。
俺が幼い内はそれの何が楽しいのか分からなくて、他の遊びがしたい、と駄々を捏ねては夢の中で喧嘩をした。
けれども、度々夢に出ては俺を遊びに誘ってくれるのだ。
少女の提案を受け入れておままごとをすると、愛らしくとても楽しそうに笑ってくれる。
いつしかそんな姿が愛おしく思えるようになった俺は、遊びに誘われれば真っ先に、じゃあおままごとするか、と自ら言うようになっていた。
そうして、今日も。
「ケイちゃん、あそぼ?」
「あぁ。じゃあ、おままごとするか」
「やった!おままごと大好き!」
夢に出てくる少女も俺も、夢で会っている間は初めて会った時のまま、幼い姿だ。
でも不思議なことに、俺の心は現実のままなのだ。
現実で身に付けた知識でおままごとをすると、彼女はとても喜んでくれる。
それが嬉しくて何回でも付き合ってしまう。
目が覚める前の短い時間だけど、いつの間にか愛おしい時間になっていた。
「ケイちゃん。ケッコン、しよ?」
目覚める間際になるといつからか、決まってこうして求婚される。
だから、俺はいつも。
「ああ、大きくなったらな」
そう言って彼女の頭を撫でると、そこで目が覚める。
「いでっ」
頭に鋭い衝撃。
「これ!まぁた居眠りしおって!」
畑仕事の合間に小休憩がてら婆ちゃんの話を聞いていたら、どうやら話を聞きながらうたた寝をしていたらしい。
そのせいで拳骨をもらった。
まぁ、こうして拳骨を貰うのはいつもの事だ。
「だって、婆ちゃん同じ話しかしないじゃんか。もう聞き飽きたよ」
婆ちゃんが俺にする話と言えば、村に伝わる鬼の話か、昔の自慢話ばかり。
それをもう、耳にタコが出来るほど聞いた。
「泣き子様の伝承は子々孫々、語り継がにゃならん」
婆ちゃんは毎度口を酸っぱくしてそう言うが、婆ちゃんの言うナキコ様というのを見たことがない。
そんなものが本当に居るのか疑わしい。
「頭に立派な角が生えた凶悪な鬼なんだろ?そんなん今のご時世に生きてる訳ゃねぇだろ。そんなおっかない鬼が居るって分かったらお国が兵隊連れてやってくらぁ」
そんな軽口を叩いてしまいたくなるほど、疑わしい話だった。
海外では米国の兵隊が巨人を見付けて撃ち殺したという都市伝説があるくらいなのだ。
そんな、如何にも鬼です、という鬼が見つかれば同じ末路を辿ってもおかしくはないはずだ。
案外、鬼も進化して人と同じ姿をしているのかもしれないな。
「そういえば、なんでナキコって言うんだ?」
「それぁなぁ。角の生えた子が産まれたもんだから、岩戸に押し込んだら毎晩のように大声で泣きよる。だから泣き子と呼ばれておった」
いや、そりゃあ誰だって、岩戸に閉じ込められりゃ泣くだろ。
そう思うが、昔の人はそう思い至るよりも遥かに恐怖が勝っていたのかもしれない。
「そんなに怖いもんかねぇ?」
「さぁてね。ほら、休憩はお終いだよ」
尻を引っ叩かれ、急かすように婆ちゃんにそう言われた。
まったく、人使いが荒いんだから。
そうは思うものの、婆ちゃんに付き合うのはそんなに嫌じゃない。
少しだけ話が長くて退屈に思うくらいだ。
畑の手入れをしているといつの間にか日が傾いていて、婆ちゃんは晩御飯の支度をするから、と先に戻っていた。
そろそろ俺も家に戻るか、と立ち上がって伸びをする。
長時間腰を曲げて作業していたせいで腰がミシミシ音を立てて悲鳴をあげる。
畑仕事は腰に来るのが地味に辛い。
だが、こうして地味に辛い思いをしながらも丁寧に手入れしてやると、美味しい野菜ができるのだ。
美味しい野菜を食べた時の嬉しさは何事にも変え難い。
なのでこうして畑仕事の手伝いをちょくちょくやりに来ていた。
農具を纏めてから背負い、帰路に着く。
そろそろ家族も帰って来ているはず。
全員が帰ってくる時間にはご飯が用意されている。
その凄さは子供の頃には分からなかったが、自炊をしたことで実感した。
それがとても有難いことだということも。
「ただいまぁ」
背負っていた農具を下ろしてから、引き戸を開けて中に入る。
いつもならある返事が、ない。
不審に思いながら居間へ入ると、真っ赤に染った装束の少女が居た。
何処か見覚えがある。
繰り返し夢に出てくる、あの少女によく似ているが、夢の中の少女と比べるとかなり大人びている。
歳が俺と同じくらいに見えるほどに成長したらこうなるだろう、と思わせる容姿。
色白で黒髪に紅が映えていて、とても美しい。
「あ、ケイちゃん。おかえり。ケッコンしよ?」
テーマ:夢が醒める前に
私は恋をしたことがない。
いや、恋をしたことがなかった。
周りの人達が色恋だの、縁結びの神様だの、やれあの子が可愛い、やれあの子がかっこいいと言った話しは聞き流していた。
一生を必ず添い遂げられる縁結びの神様だとかが学校では流行っていたが、私は興味が湧かなかった。
時は流れ、そんな私が恋をするきっかけとなったのは、ひょんな事から。
特別接点があったという訳ではなく、たまたま同じ電車に乗り合わせたと言うだけ。
彼の横顔を一目見た私は初めて恋に落ちた。
恋は人を変えるという。
特段、恋をしたいと思っていた方ではなかった。
だけど、彼を見てからは違った。
遠目から眺めているだけでも、ころころと変わる表情は見ていて飽きないし、何よりもあの笑顔を私に向けて貰えたらどれだけ嬉しいことだろうか。
そう想像するだけで心のギアが一段上がる。
今まで気付かなかったけれど、毎朝、彼と同じ電車に乗っている。
そして、偶然にも私は彼と同じ駅で降りる。
その事に気付いたのは同じ電車に乗っている事に気付いた数日後の事だったが、偶然は重なる。
向かう方向は同じようで、彼の背中を追い掛けて通勤するのが日課になった。
彼を長く見ていられるほど、その日が良い一日になるような気がして、ついつい追い掛けてしまう。
彼の背は平均より少し高く、人混みの中でもあまり見失うことはないのだけど、いつも駅を出てすぐにある交差点で見失う。
でも、それで良かった。
良いと思っていた。
休日のある日。
彼女だろうか、私よりも若そうな子と親しげに話している姿を見て、心の内にモヤモヤとした暗雲が立ち込める。
始めはその感覚がなんなのか、どうしてこんな胸が締め付けられるような感じがするのか分からなかった。
けれど、誰かに相談するまでもなく、これが嫉妬心なのだと気付くと、疑問は解氷した。
私に嫉妬する資格はない。
何故なら告白という行動に出ていなかったから。
自ら行動していないのに嫉妬するなんて良くない事だと分かっているのに、嫉妬心を抑えることができなかった。
それが返って良かったのか、このままではいけない、とそう思った。
しかし、私は自分に自信がない。
そんな時に思い出したのが学生の頃に流行っていた、一生を必ず添い遂げられる、という縁結びの神様の存在だった。
当時は眉唾物だと思っていたが、それに頼ってしまおうと思ってしまう程、思い詰めていた。
そして、ある日の朝。
玉砕覚悟で通勤の忙しい中、初めて彼に話しかけた私は、しどろもどろになりながらも半ば押し付けるようにして縁結びの神様のお守りを彼に渡した。
捨てられてしまうかもしれない、という不安に襲われたが、次の日に彼を見ると私が渡した縁結びのお守りを付けてくれている。
それがとても嬉しくて、私は舞い上がった。
これで私の悩みは解消された。
これから待つ明るい未来に心を踊らせていた。
「また、ですか」
俺の傍らに居た若手の刑事がため息混じりにそう呟いた。
「これで何件目だ?」
「えっと……二、四の、これと、この事件で六。六件目、ですか」
ため息が漏れる。
始めは色恋のいざこざだと思っていたが、二件目以降
で状況が変わり始めた。
共通点は全員が縁結びのお守りを持っていたということだけ。
一、二件目と四件目は男女だったから分かり易かったが、三件目は女同士、五件目に至っては犬と人という訳の分からない組み合わせだ。
今回は男性。まだ相手が見付かっていないが、これまで通りならもう一人犠牲者が出るはずだ。
「必ず添い遂げられる、か……」
仏さんが持っていたお守りのサイトにある売り文句。
今回も検索と購入の履歴がしっかりと残っていた。
この売り文句の言い回しが引っ掛かっていた。
添い遂げる、とは夫婦が死に別れても一生を共にするということ。
夫婦とは男女で成るものだ。
だが、それが揺らいでいる。
夫婦ではなくて結婚と言い換えるなら、合点がいく部分が多くなる。
最近は同性同士、動物や物などと結構するというのが認められるケースが増えてきているのもあるからだ。
しかし、まだそういった文化は日本では受け入れる体制が整っている訳では無い。
そう考えると結婚という線も無いように思える。
そもそも、結婚というのは神に誓う儀式だ。
神が認めれば夫婦となる、とも言える。
お守りを持っただけで結婚とするのは、かなり強引だ。
それなら、もう誰でも良いということになる。
そうなればこのお守りを持っている者は例外なく同じように“添い遂げる”はず。
そうならないということは、何か他の条件のようなものがあるのかもしれない。
テーマ:胸が高鳴る
世界は残酷だ。
味方であれ敵であれ、死ぬ時は呆気なく死ぬ。
それは魔王であってもそうらしい。
「魔王……覚悟しろ!」
今や五体不満足となっている魔王へ、そう言い放つ。
剣を振り上げた俺は、少しだけ時間をかけて魔王に止めを刺す覚悟を決める。
「ククク……今、我を殺せばお前はこの先、必ず後悔することになるぞ」
剣を振り下ろしかけた手が止まる。
「命乞いか?どういう意味だ」
「言葉通りの意味だ」
「そんな言葉に惑わされないでください、ルカ!」
もちろん、そんな言葉を飲み込む訳にはいかない。
今ここで止めを刺しておかなければ次はないだろう。
それに、ここで見逃しては今まで死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。
だから今、ここで終わらせる。
俺が、この手で。
今まで共に戦った仲間たち、同胞の顔を思い出すと決心がつく。
今一度、剣を構え直し。
一息に振り下ろして魔王の首を跳ね飛ばした。
『ククク……それでいい』
何処からともなく魔王の声が聞こえるが、跳ね飛ばした首が動いている訳ではなく。
どうやら残留思念のような物がこちらに語りかけてきているらしい。
「あぐっ!?あ、あぁぁぁああっ!!?」
「なっ!?アリゼー!?」
『だが、お前の決断で世界は歪む。手始めとして、我が身に残る全ての魔力を以て、その女に呪いをかけた』
魔王が言っていることが真実かは分からない。
しかし、尋常ではない苦しみ方をしているアリゼーを見るに、出鱈目を言っている訳でも無いのだろう。
「何!?」
『クク、魔を孕む呪いだ。その女はこの先の一生、もう人の子を産むことは出来ず、代わりに魔を宿す。魔力があれば幾らでも孕み、産み落とす。魔の母となるのだ』
魔王が言っていることが本当なのであれば、人道に反するような凶悪な呪いだ。
この世界に於いて魔力がない場所なんて殆どない。
魔力は世界を構成する力の一つだからだ。
そして、魔力が一番集まる場所、それが魔王城にある玉座の間。
つまり、この場所だ。
ただでさえ魔力が濃い場所なのに、魔族は死ぬ時に魔力へと返っていく為、今は魔王を討った影響で更に濃度が増しているのだ。
それが今、アリゼーを襲っている苦痛の正体らしい。
「ルカ……魔王、から……呪いを貰ってしまったようです……。恐らく、もうしばらくすれば……今一度、魔王が誕生します……」
「な、アリゼー!?」
アリゼーは苦しみながらも言葉を紡いでいく。
その内容が衝撃的で信じ難いが、事実であればとんでもない事になる。
とんでもないことになるのは分かっているのだが、状況に気持ちが着いてこない。
頭も追い付かない。
「だから……。私を、殺して……」
アリゼーのその言葉に、俺の中で小さなヒビが入る。
そんなこと、出来ようはずがない。
アリゼーは大事な仲間だ。
幾ら魔王が生まれるからと言って、幾ら苦しいからと言って。
仲間の命を奪うことの重さがどれほどの事なのか。
アリゼーに分からない訳ではないのだろうが、それでも躊躇う。
「おね、がい……。私を罪人にさせないで」
世界は残酷だ。
魔を孕む事は罪。
それは教会が決めた罪だ。
本来なら俺に関係はない話なのだが、アリゼーは一神教の敬虔な信徒だ。
その信仰心を尊重してやることしか、俺に選択肢はなかった。
いつの間にか流れていた涙を拭って剣を振り上げると、アリゼーは目を瞑った。
しかし。
「な、はっ!?魔王は……!?……は?ルカ!?何、やって!!やめろ!!」
それと同時に剣を振り下ろしてしまった。
声の主はタルラー。
魔王との戦いで前線を張っていたが、腕と足を片方ずつ失い、先程まで気絶していたようだ。
止血は回復魔法の使い手であるアリゼーがしていたはずだが、手足を戻せる程ではなかったらしい。
「ごめん、タルラー。魔王の呪いのせいなんだ」
タルラーと、自分に言い聞かせる。
そうでなければ仲間を手に掛けた罪の意識で潰れてしまう。
「あいつは、死の間際にアリゼーを……呪って。魔を孕む呪いをかけたんだ……。こうするしか、なかった。アリゼーもそう、言ってたんだ……」
タルラーからの返事はない。
空気が重い。
アリゼーを埋葬してやりたいが、ここは敵地だ。
あまり悠長にはしていられない。
それに、俺にはタルラーを守る義務がある。はずだ。
「……王都に帰ろう、タルラー」
「……、帰るのはルカ、あんただけだ」
タルラーの下へ歩み寄って気付く。
生きている方が奇跡に思える程の重傷だ。
喋れているのが不思議なくらい。
「おぶってでも連れて帰る」
「よせ……私は、もう……」
助からない。
それは本人が一番分かっているようだ。
天井を仰ぎ見て、タルラーは微笑んだ。
「良か、た……魔王……倒せ、て。……一人、でも…残、て。……私、と……ニ……と……アリゼーの……も……しっか……生き、ろよ……」
「……あぁ。任せておけ」
タルラーの言葉のお陰で少しだけ気が楽になった気がする。
仲間たちの遺志を継いで、生きなければ。
皆にはちゃんとした葬儀をしてやれなくて申し訳なく思うが仕方ない。
皆の分も生きる為にも、まずは王都に帰って、報告をしないと。
せめて、しっかりと国に報告して、国を上げて盛大に魂を天へ送ろう。
俺に出来ることはそれしかない。
「みんな、ありがとう。さようなら、ゆっくり休んでくれ」
俺は魔王城を後にした。
「よくぞ戻った、勇者ルカよ。此度の活躍、褒めて遣わす」
「ははっ。繕いのお言葉を頂き、恐悦至極にございます」
数ヶ月かかってようやく王都へ帰還した俺は、衛兵に取り次ぎ、既に報告を終わらせていた。
今行っているのは、形式ばった式典だ。
と言っても、玉座の間で行われるもので、周りに居るのは王侯貴族くらいなもの、なのだが。
興味があまりないのか、そんなに人が居ない。
そもそも興味で参加、不参加を決められるのかどうかなんて、貴族になったことの無い俺には知りようがないことではあるが。
「ところで。他の者はおらんのか?まさか、一人で討伐した訳ではあるまい?」
「はい。陛下のおっしゃる通り、私一人で魔王を討伐した訳ではございません。ですが、私以外は全員、魔王との戦闘で亡くなってしまいました」
「そうか…。それはそれは壮絶な戦いであったのであろう。其方の戦友ら、その魂が天で安らぎと幸福があらんことを祈る」
陛下は一呼吸置き。
「では、魔王討伐の褒賞を与える……と、その前に。悪いがもう一仕事、命じたいのだ」
褒賞の前にもう一度と言われるとあまり良い気はしないが、王命である以上は逆らえない。
「はっ。なんなりと」
「実は、新たな魔王が生まれた。これを討伐して欲しい」
確かに、新たな魔王の誕生は見逃せない。
不服ではあるが、俺以外に頼める者も居ないと思うのも無理はない。
このタイミングで言い出すということは、次の討伐遠征の資金をこの褒賞で賄えとでも言うつもりなのだろうか?
「そうでしたか。次は何処まで征けば良いのでしょうか?」
「何処も行く必要はない」
「では、何処に魔王が……?」
「目の前におる」
テーマ:不条理
「はぁ……。マジかぁ……」
まさか、罰ゲームで廃墟の探検をさせられる羽目になるなんて思わなかった。
しかも、真夜中にだ。ため息も出ようものだ。
「しかし、災難だったな!」
災難だった。
まさか、ただのジャンケンでストレート負けするとは思わないだろう。
また一つため息を漏らす。
「ただジャンケンに負けただけで、こんなとこを探検してこいって言われるだなんて……」
心細くて泣き出しそうになるが、泣いた所で助けは来ない。
それに、すぐに引き返せば先輩達が無理にでもまた廃墟に向かうように仕向けるはずだ。
今までもそうだった。
だから従う他に無いのだ。
「おかしいよなぁ。どう考えてもリスクとリターンが釣り合ってないだろ」
おかしいとは思うが、考えても仕方がない。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫だ。僕にはジョンが着いている。
「ふぅ……。よろしくな」
「おう」
意を決して真っ暗な廃墟へ一歩踏み入れる。
がさり、がさりと草の根を掻き分けて進まなければならないほど雑草が伸びきっていた。
雑草は腰に届かない程度の高さだが、度々足に絡み付いてきて鬱陶しい。
かなりの長い間、人の手が入っていないことが伺えた。
「何も、出ねえよな?」
何かが出てきそうな雰囲気に怯えながら、廃墟へ入ると外の茂みから、がさり、と物音がして、心臓が跳ね上がる。
咄嗟にそちらを照らして目を凝らすが、何も居ない。
息を潜めて耳を澄ますと、梟の鳴き声が耳に届くばかり。
「野生の動物か?……おい、そんな泣きそうな顔をするなよ」
もう嫌だ。帰りたい。
思っても口には出さない。
言った所でどうにもならないし、出来ないのは変わりないからだ。
気持ちを切り替えよう。
深呼吸をして、しっかり呼吸を整えて。
「よし……行くよ」
「足元、気を付けろよ」
足元を照らし、天井や壁などが所々剥がれ落ちて出来た瓦礫を避けて通る。
「しかし、雰囲気あるな」
「これは確かに、何か出そうかも……」
この廃墟がどんな場所なのかは先輩達から予め聞いていた。
如何にも幽霊が湧いて出そうな場所だということを。
ただ、曰く付きがあるとは聞いていないので、実際は何かが出るなんて言うことはないのだろうけど。
それでも怖い物ものは怖い。
「おい、怖いなら引き返してもいいんだぞ?」
「すぅ……ふぅ……大丈夫、大丈夫……」
また深呼吸をして自分を落ち着かせ、廃墟の奥へと足を踏み入れることにした。
その時。
からり、と小さな瓦礫が落ちる音が少し遠くで鳴る。
慌ててそちらに向き直って照らすと、高い位置で光り輝く目と目が合ってしまった。
「うわぁぁぁああっ!!?」
その瞬間、パニックに陥った僕は瓦礫に躓きながらも一目散に逃げ出した。
脇目も振らず、ひたすらに来た道を引き返す。
廃墟を抜け、踏み倒して作った雑草の道を行き。
そうして、先輩達が居るところまで戻ってきた。
「おう。早かったじゃんか。なんか見っけたか?」
ニヤニヤと先輩達はしているが、それどころではなかった。
「かっ、かかかっ!怪物が!!二、三メートルくらいある化け物が!!!」
と、伝えた所で、あることに気付く。
「あ、あれ……?ジョン……?ジョンが……居ない……?」
もしかして、あの廃墟に落としてきてしまったのだろうか。
もしそうなら、もう一度あの廃墟へ戻らなければならないことになる。
その事実に気が付いた僕は、急激に目の前が暗くなった。
テーマ:泣かないよ