愛らしい少女が俺に笑いかけている。
そんな夢を昔から繰り返し見る。
少女は決まって俺の夢に出てくると、開口一番に、遊ぼう、と言ってくる。
どんな遊びが良いか聞くと、必ず返ってくるのが、おままごと。
俺が幼い内はそれの何が楽しいのか分からなくて、他の遊びがしたい、と駄々を捏ねては夢の中で喧嘩をした。
けれども、度々夢に出ては俺を遊びに誘ってくれるのだ。
少女の提案を受け入れておままごとをすると、愛らしくとても楽しそうに笑ってくれる。
いつしかそんな姿が愛おしく思えるようになった俺は、遊びに誘われれば真っ先に、じゃあおままごとするか、と自ら言うようになっていた。
そうして、今日も。
「ケイちゃん、あそぼ?」
「あぁ。じゃあ、おままごとするか」
「やった!おままごと大好き!」
夢に出てくる少女も俺も、夢で会っている間は初めて会った時のまま、幼い姿だ。
でも不思議なことに、俺の心は現実のままなのだ。
現実で身に付けた知識でおままごとをすると、彼女はとても喜んでくれる。
それが嬉しくて何回でも付き合ってしまう。
目が覚める前の短い時間だけど、いつの間にか愛おしい時間になっていた。
「ケイちゃん。ケッコン、しよ?」
目覚める間際になるといつからか、決まってこうして求婚される。
だから、俺はいつも。
「ああ、大きくなったらな」
そう言って彼女の頭を撫でると、そこで目が覚める。
「いでっ」
頭に鋭い衝撃。
「これ!まぁた居眠りしおって!」
畑仕事の合間に小休憩がてら婆ちゃんの話を聞いていたら、どうやら話を聞きながらうたた寝をしていたらしい。
そのせいで拳骨をもらった。
まぁ、こうして拳骨を貰うのはいつもの事だ。
「だって、婆ちゃん同じ話しかしないじゃんか。もう聞き飽きたよ」
婆ちゃんが俺にする話と言えば、村に伝わる鬼の話か、昔の自慢話ばかり。
それをもう、耳にタコが出来るほど聞いた。
「泣き子様の伝承は子々孫々、語り継がにゃならん」
婆ちゃんは毎度口を酸っぱくしてそう言うが、婆ちゃんの言うナキコ様というのを見たことがない。
そんなものが本当に居るのか疑わしい。
「頭に立派な角が生えた凶悪な鬼なんだろ?そんなん今のご時世に生きてる訳ゃねぇだろ。そんなおっかない鬼が居るって分かったらお国が兵隊連れてやってくらぁ」
そんな軽口を叩いてしまいたくなるほど、疑わしい話だった。
海外では米国の兵隊が巨人を見付けて撃ち殺したという都市伝説があるくらいなのだ。
そんな、如何にも鬼です、という鬼が見つかれば同じ末路を辿ってもおかしくはないはずだ。
案外、鬼も進化して人と同じ姿をしているのかもしれないな。
「そういえば、なんでナキコって言うんだ?」
「それぁなぁ。角の生えた子が産まれたもんだから、岩戸に押し込んだら毎晩のように大声で泣きよる。だから泣き子と呼ばれておった」
いや、そりゃあ誰だって、岩戸に閉じ込められりゃ泣くだろ。
そう思うが、昔の人はそう思い至るよりも遥かに恐怖が勝っていたのかもしれない。
「そんなに怖いもんかねぇ?」
「さぁてね。ほら、休憩はお終いだよ」
尻を引っ叩かれ、急かすように婆ちゃんにそう言われた。
まったく、人使いが荒いんだから。
そうは思うものの、婆ちゃんに付き合うのはそんなに嫌じゃない。
少しだけ話が長くて退屈に思うくらいだ。
畑の手入れをしているといつの間にか日が傾いていて、婆ちゃんは晩御飯の支度をするから、と先に戻っていた。
そろそろ俺も家に戻るか、と立ち上がって伸びをする。
長時間腰を曲げて作業していたせいで腰がミシミシ音を立てて悲鳴をあげる。
畑仕事は腰に来るのが地味に辛い。
だが、こうして地味に辛い思いをしながらも丁寧に手入れしてやると、美味しい野菜ができるのだ。
美味しい野菜を食べた時の嬉しさは何事にも変え難い。
なのでこうして畑仕事の手伝いをちょくちょくやりに来ていた。
農具を纏めてから背負い、帰路に着く。
そろそろ家族も帰って来ているはず。
全員が帰ってくる時間にはご飯が用意されている。
その凄さは子供の頃には分からなかったが、自炊をしたことで実感した。
それがとても有難いことだということも。
「ただいまぁ」
背負っていた農具を下ろしてから、引き戸を開けて中に入る。
いつもならある返事が、ない。
不審に思いながら居間へ入ると、真っ赤に染った装束の少女が居た。
何処か見覚えがある。
繰り返し夢に出てくる、あの少女によく似ているが、夢の中の少女と比べるとかなり大人びている。
歳が俺と同じくらいに見えるほどに成長したらこうなるだろう、と思わせる容姿。
色白で黒髪に紅が映えていて、とても美しい。
「あ、ケイちゃん。おかえり。ケッコンしよ?」
テーマ:夢が醒める前に
3/21/2024, 3:05:25 AM