かぶ

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2/23/2024, 11:08:27 AM

Love you.
この頭に何をつけようか?
Iは赤い薔薇。あなたを愛する。
Youは水仙。僕は僕が好き。
Itはひまわり。太陽だけを見つめて。
Weはカーネーション。俺らを育ててくれてありがとう。
HeとSheはどんな花をあげようか?あなたの好きな花を。

2/23/2024, 12:55:22 AM

太陽のようなひかりがそこにあったから、私はあなたを見たのです。

2/18/2024, 3:15:18 PM

今日にさよなら。これが私の魔法の呪文。人間が、世界が明日へ向かっていくためのお祈り。

「マジックアワーって、どうしてそう呼ばれているか知ってる?」
姉が急に改まって聞いてきたので、私は買ってもらったソフトクリームを鼻先につけてしまった。西日は止まることなく沈み続けて、ちょうど話題にされたマジックアワーも終わりに差し掛かる時刻だ。姉は大仰な一眼レフを肩から下ろして、ゆったりと首を回しながら私の隣に腰掛けた。
「魔法の時間ってことでしょ。魔法にかかったみたいに辺りが夕日の橙色に包まれて、写真がすごく綺麗に撮れる時間」
ソフトクリームで一眼レフを差しながら答えると、姉は眉を下げて、惜しい、と呟いた。
姉はマジックアワーの景色を撮るのがとても上手かった。いや、正確に言えば、いつからかマジックアワーの時刻にしか撮らなかった。橙色や藤色に染められた空にビルや断崖、観覧車が影になって写る。そういった景色ばかりが収められた写真集を求めるのは、コアなファンと飽きっぽいミーハーに分かれていた。
惜しいってどういうこと。私が聞き返す間もなく、姉はカメラのフォルダを見るのに集中していた。オレンジと紫の絵の具しか出していないパレットのような画面を延々と移動させながら、姉は内緒話でもするかのように話し始めた。
「マジックアワーは、魔法の時間。でもね、単にたとえ話じゃないの。ほんとうに、世界に魔法がかけられるのよ。マジックアワーの魔法使いにね」
ワッフルコーンに取り掛かっていた私は、危うく喉に詰まらせて咽せてしまった。一度手を止めた姉から、ホットコーヒーが差し出される。世界が魔法にかかる?魔法使い?私も姉もおとぎ話の類いは好きだったが、それは小さい頃の話だ。コーヒーを受け取りつつ、半笑いで姉を見返す。だが、姉の口元はいつもの穏やかな笑みを湛えていたが、瞳はいつになく真剣な光を帯びていた。
「あ、あった。これが証拠写真」
姉の手のカメラがこちらに寄せられる。じっと覗き込むと、マジックアワーに染められていくフォルダと、青空の下で一輪の花を写した写真の間に奇妙な写真が一枚あった。しかし、小さい写真を何枚も同時に並べられた状態では、目を凝らしても一体何を写しているのかわからなかった。姉は私の反応を見つつ、その一枚を拡大させる。そこに写っていたものに、思わず息を殺した。
私たちが今腰掛けている公園のベンチ、その目前に広がる川。それらを隔てる柵の上に、何かが立ってこちらを見下ろしている。その巨大な躰を支えているのは、細い枝のような一本から分かれて、円錐形に伸びる三本の尖った足。そう、ちょうど鳥のような足だった。鳥足の全身は逆光を受けた影になって輪郭しか捉えることができないが、その輪郭と頭部であろう部分に輝く橙と紫のオッドアイは、人間のもののようだった。
心霊写真を見るよりも背筋に冷たいものが走るのに、なぜか怪奇な影の写真から目を離すことができない。
指先に温いものが滑る。はっとして、ソフトクリームがもうすっかり溶けてコーンと巻き紙に染み込んでしまったのに気がついた。今度はティッシュケースが差し出されて、私はありがたく受け取った。
「ねぇ。魔法使いのはなし、聴いてくれる?」
困ったような顔で覗き込まれてしまう。ホラーがどちらかと言うと苦手な私への配慮だろう。どこまでも優しい姉が奇妙なことで悩んでいるのなら、話だけでも聴いてあげたい。私は首を何度も縦に振った。
姉は長い睫毛を伏せて微笑むと、正面に向き直った。ちょうど、黒い影が写り込んでいたのと同じ方角だ。冷え始めた風に揺られる川のせせらぎに合わせて、姉は静かに口を開いた。

一年半くらい前。ちょうど、わたしがマジックアワーばかり撮り始めた頃ね。夕焼けがテーマの大きなコンテストがあったの。目指してた賞のひとつで、どうしてもこの、大好きな景色の見える公園のマジックアワーを撮りたかった。観覧車も近くて、いい画が撮れると思ったの。そうして毎日、日没の時間を調べてはこの公園に通った。
でも、中々思うような写真が撮れなかった。マジックアワーって、日が沈んでから三十分、長くても五十分くらいで終わってしまうのね。限られた時間で、納得できる理想の一枚を撮らないといけなかった。その理想が無意識に高くなってしまったのね。思い返せば、あの時のわたしはスランプに陥っていたわ。
それで、あの日。コンテストの締め切りの前日だったかしら。だから、いよいよ追い詰められていた。シャッターを押す指が震えて、撮っては削除してを何度も繰り返した。及第点の写真がいくつかあったから、それで妥協してしまおうかとも思った。それでも心の中では、お願い、まだ沈まないで、暗くならないで、橙色をずっと見せていてって何度も何度も唱えていたのね。
途端に、レンズ越しの視界が真っ黒になった。夜空よりも暗い色。わたしはどん底に落とされた感覚で、しばらく動けなかった。でも、夜になったのでも、わたしが倒れてしまったのでもなかったの。黒の隙間にはまだ橙色が残っていて、それに聞きなれない声がしたから。
「ねぇ、もう我慢できない。とっとと止めて頂戴。このままじゃ、あなたを、世界を今日に取り残すことになる」
苛ついた声音だったけれど、秋の風のように胸に突き抜ける素敵な響きがした。視界が暗くなったのは、声の持ち主がレンズを鳥の足みたいに細長く尖った手で鷲掴みにしていたからなのね。わたしは混乱していたけれど、とにかくレンズを傷つけたくなかったから必死に剥がした。相手は手すりから降りてきたのに、それでも彼女の躰は見上げるくらいに大きかった。夕焼けと朝焼けの瞳で見下ろされて、私は一歩も動くことができなくなっていた。
「あなた、だれ」
辛うじて出た掠れ声で聞くと、彼女は苛立ちを少し抑えてくれたみたいだった。胸の前に翳された手、それに通された薄衣の衣は、逆光を受けてもわかるくらい、天使のはしごみたいに綺麗だったのよ。
「私は薄明の魔法使い。朝焼けと日の出、夕焼けと日の入りの狭間、マジックアワーを司る者」
そう言った彼女の単語ひとつひとつを咀嚼するのに時間がかかって、夢でも見てるんじゃないかとか、過労でおかしくなってしまったのとか、思考を巡らせるばかりで喉奥から何も出てこなかった。そんな反応に、彼女は慣れていたみたいだった。
「ねぇ、今日はもうお終いにしましょう?このままでは、あなたを取り残すことになる」
こぼれ落ちそうなオッドアイは瞬きが少なくて、優しさの極限まで落とした声音でも圧を感じた。尖った爪先の手を目の前に差し出された。でも、わたしは容量オーバの頭でゆっくり考えて、彼女に全身で訴えかけた。
「お願い、マジックアワーの魔法使いさん。わたしはここに留まってもいい。どうか写真が撮れるまで、この時間を止めておいて」
彼女の顔に怒りが走ったのがわかった。爪が食い込みながら、押されて突き放された。
「だから、日没を拒むあなたの願いが世界を今日にとどめているの。時間ならあなたのおかげでとっくに止まってる。それがどういうことかわかる?」
一緒に地面に転がったカメラのレンズは天を仰いで、風に靡かない雲の影を写していた。そこに、耐えきれなくなった大粒の涙が零れ落ちて、透明の空に水溜りを作った。
「明日が来ない。私は別にいいけどね。昼の姉様に怒られて、辛気臭い夜と鬱陶しい明日が消えるだけだし」
冷たい秋風が胸に吹き抜けた。疲弊した心と体、突然現れた、魔法使いを名乗る突飛な存在。止まってしまった空、止まらなくなった涙。それでも。水平線を縫ってぐずぐずと沈みきらない夕日を見た。橙色の光が世界に魔法をかけて染め上げていく。今とどまったこの瞬間、何回シャッターを切れたら満足できるだろう。この時のわたしは、怖いくらいに執着していた。
それを、彼女は察してくれたのだと思うわ。
「どうしてもって言うなら。あなたの望みを叶えてあげてもいいわ。私の条件、お呪い付きでね」
思えば、彼女が急に優しくなったのも不思議だし、声音は妙に楽しそうだったのよね。魔法使いのお呪いって、どう考えても怪しいのにね。それでもわたしは、藁にも縋る思いだったわ。
「美しいマジックアワーの写真がほしいのでしょう。どうぞ存分にお撮りなさい。でも、好きなだけ撮れるのはほんとうに今日だけだとお思いなさい」
わたしは幾度となくシャッターを押した。彼女の魔法がかかっているのだとわかると、橙色が一段と美しく見えた。

何枚撮ったのか、本当だったらどれくらい時間が経ったのかわからなかった。マジックアワー専門家の彼女の意見も聞きながら、わたしは漸く思い描いていた理想の一枚を手に入れた。
「どう?満足した?」
彼女の表情も、側から見たら穏やかになっていた。
「さ、今日を終わらせて明日に向かいましょう。いい、よく聞くのよ。"今日にさよなら"。これが、私の呪文」
今日に、と自然と言いかけて、まだ駄目、と彼女に制止される。尖った爪に肩を優しく抱かれると、もう片方の爪先は彼方の水平線、天頂をぎりぎりまで残している太陽を差した。
「まだ頭を見せてる夕日が見えるでしょう。しかと目に焼き付けなさい。そうして目を閉じて。ゆっくり唱えるの」
直射日光を浴びた瞳が熱を帯びる。瞼で蓋をしても、橙色がまだ焼きついているのを噛み締めた。
「今日にさよなら」
一瞬、彼女の犬歯が瞼の裏で煌めいたような気がした。目を恐る恐る開くと、あたりはすっかり暗くなっていた。それでも、視界の目の前はまだチカチカと明滅の感覚が残っていた。わたしはそれでも気が気でなくて、カメラを手に取って一番最後の写真を確かめた。それは間違いなく、わたしが取ってきた中で一等にうつくしいマジックアワーの景色だった。

「こうして、わたしは魔法使いのお呪いによって、マジックアワーしか撮影できなくなってしまいました」
カメラのフォルダを一つ一つ確認しながら話を聞いていた。ちょうど最後に、姉が去年のコンテストで大賞を獲って、一躍その名を知らしめたマジックアワーの一枚に差し掛かった。
姉はその一枚を、慈しむような視線で見つめている。私も姉の作品の中で、その写真が一番好きだ。でも私は、心に何かつっかえたものを感じた。
「お姉ちゃんはそれでいいの?」
「うん、いいの。人魚は王子さまに会うために、美しい声を犠牲にしたでしょう。奇跡みたいなひとに出会って、お願いごとを叶えてもらう。それなら、何かを差し出してもいいと思ったの」
「でも……お姉ちゃんのはお願いごとっていうか、熱意?っていうか、夢の一部っていうか。難しいけれど、私はお姉ちゃんのマジックアワーだけじゃない。花も、鳥の写真も好きだよ」
橙色に包まれていた周囲は段々と黒い雰囲気を纏い始めて、逸らされた姉の顔は見えなくなった。それでも、微笑みを絶やさない姉の表情が崩れたのはわかった。夕日が水平線に飲まれて、輪郭が小さな弧におさまっていってしまう。姉が目に焼き付けた夕日も、このようなものだっただろうか。
ふと、私はあることを思いついた。
「ねぇ、お姉ちゃん。今、マジックアワーと夜の境目だと思う。今、撮ってみればいいよ。連写するの」
固唾を飲む音が聞こえるくらいに姉ははっとしたのだろう。すっかり冷めてしまったコーヒーをカメラに持ち替えて、夕日の方に向けた。そう、姉は優しすぎる。もっと夢に欲張ってもいい。鳥の羽が風を切るようなシャッター音が、連続で繰り出された。
そのとき。シャッター音に混じって、本当の鳥の羽ばたきが聞こえた。指を止めた姉とほぼ同時に見上げた空は、一羽のみでない、無数の鴉に覆い尽くされ、渇いた鳴き声を上げている。
その喧騒の真ん中に、黒い大きな影が聳えていた。夕方と朝方、空を焼き尽くすそれぞれの色を湛えた瞳がこちらをまっすぐ見下ろしている。私は姉と身を寄せ合って震え上がった。
「悪い子たち。今日はもうお終い。お家に帰る時間よ」

5/27/2023, 3:22:28 PM

「天国と地獄に行くならさ、君はどっちがいい?」
出た。あんたのいつもの謎質問。リモコンを片手に、真面目に考える自分もまた馬鹿らしい。
「……っぱ天国っしょ」
「えーでもさー、どっちかにしか行けないんだったら、地獄にも行ってみたいよね。天国に行っちゃったら、閻魔様に会ったりとか、熱々風呂に入ったりとかできなくなるんだよ」
続けて謎の理論も飛び出してくる。地獄に行ってみたいってやつ、初めて見た。そんなに行きたいなら、
「じゃ、行けば。地獄に」
「やだよ。一緒に行こ?」
「何でよ」
あんたは目を輝かせて言葉を続けようとする。その目は無いはずの未来を見据えていた。
「死後ツアーしようよ。世界各地の神さまに会ってさ。お花畑でピクニックして。最終日は地獄の温泉で疲れを癒してさ」
「そんないろいろ!、、よく想像できるね」
自分でも想像以上の声が出た。膝の上で握りしめた手に、あんたの白く細い指が絡む。
「君が皺だらけになっても、待ってるから」
窓へと差し込む夏日が、輝きを失わないあんたの瞳を瞬かせる。一定速度の機械的な電子音、けたたましい蝉の声。それらが急に遠くなって、今、世界にはあんたとのふたりだけだった。あんたが見つめてきて、手を優しく取ってくれる世界。それだけで十分だったのだ。