/小さな幸せ
保留!
/春爛漫
『柔らかな光が降り注ぎ心地良い風に花が舞う、そんな春爛漫の季節を迎えました。』
図書館で借りた本に挟まっていた便箋に綴られた文は、そんな時効の挨拶から始まっていた。
人の手紙を盗み見るようで多少罪悪感が湧いたが、好奇心に勝ることはなかった。
内容は他愛のない世間話で、きっと日常的に手紙のやり取りをしているのだろうことが窺えた。そんな手紙が相手に渡ることなくここにある理由はさっぱり分からなかったが。
最近は桜餅の食べ比べに夢中になっているのだと可愛らしい報告の後、結びの挨拶に差し掛かった。
『私は貴方のことを春を教えてくれる人のように思っていました。しかしこの頃は別のことを思うのです。貴方はきっと、春を連れてゆく人なのだろうと。
身勝手ではありますが、花霞の先に貴方が笑っていることを願っています。』
ああ、好奇心に負けて読むんじゃなかった。今からでもこの手紙が相手に届く術はどこかに無いだろうか。
春風が運んでくれたら良いのにとありもしないことを思いながら、そっと手紙を本に挟み直すことしかできなかった。
/七色
保留!
/記憶
自分探しの旅だ、なんて言えば僕を可哀想な目で見る人はそこそこいる。
だけど僕にとってこの旅は、正しく自分探しなのだ。
何せ今の僕には記憶がないのだから。
連絡先も履歴も空っぽのスマホに、記憶喪失前の自分はもしかして、それこそ自分探しの旅の最中だったのではと訝しんだ。
写真フォルダにはどこかの風景画ばかり。一眼レフカメラも所持していたので、おそらくそれで撮ったものだろう。
ただ一つ入っていたSNSアプリには、同じく風景画の投稿しかされていなかった。
身分証明書によって身元はすぐに分かったが、自分の行動について分からないことが多すぎた。
だからとりあえず写真に映る場所を目指して旅に出ることにした。
最悪、現住所となっている場所へ帰ればいいと思ったし、旅の間に記憶が戻ればラッキーくらいの気持ちだった。
過去の自分がどんな人間でどう生きてきたのか、知ることは出来ないかもしれないけれど。たとえ思い出せなくても、この旅がこれからの僕にとって糧になれば良い。
/もう二度と ※1 phrase
もう二度と、嗤わせやしない。