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/春爛漫

『柔らかな光が降り注ぎ心地良い風に花が舞う、そんな春爛漫の季節を迎えました。』

 図書館で借りた本に挟まっていた便箋に綴られた文は、そんな時効の挨拶から始まっていた。
 人の手紙を盗み見るようで多少罪悪感が湧いたが、好奇心に勝ることはなかった。
 内容は他愛のない世間話で、きっと日常的に手紙のやり取りをしているのだろうことが窺えた。そんな手紙が相手に渡ることなくここにある理由はさっぱり分からなかったが。
 最近は桜餅の食べ比べに夢中になっているのだと可愛らしい報告の後、結びの挨拶に差し掛かった。
 
『私は貴方のことを春を教えてくれる人のように思っていました。しかしこの頃は別のことを思うのです。貴方はきっと、春を連れてゆく人なのだろうと。
身勝手ではありますが、花霞の先に貴方が笑っていることを願っています。』

 ああ、好奇心に負けて読むんじゃなかった。今からでもこの手紙が相手に届く術はどこかに無いだろうか。
 春風が運んでくれたら良いのにとありもしないことを思いながら、そっと手紙を本に挟み直すことしかできなかった。

3/28/2025, 8:23:41 AM