あの夏
みんな は ぼくよりはやく
自転車にのれるようになって
遠ざかるうしろ姿をぼくは走って追いかけた
すこし先の上り坂で競争になって
みんなの背中が坂のむこうへ見えなくなったとき
一瞬 悲しくなってとまった足を
あきらめに似た気持ちで動かした
とにかく進まなければ追いつけはしない
いつだってそうだ
おいていかれることにはあんまりなれていて
待たせるのも嫌だからぼくもそうしてほしかった
坂のてっぺんを越えると
自転車からおりたきみが立っていて
「まってって、なんで言わないの?」って言った
うまく返せないぼくを自転車の後ろにのせて
君はぐんぐん坂をくだった
町なみのむこうに見える海とまっしろな入道雲へ
有名な映画の少年と宇宙人みたいに
飛べるような気がしてドキドキした
言葉にすることすらすぐにはできなくて
でもあのときほんとうは ほんとうに
うれしいと思ったんだ
『自転車に乗って』
きゅうに動けなくなってしまうようなときは
目をつむってひだまりをさがす
子供のころに食べた姫リンゴの味
愛犬のやわらかな毛並み
大好きなピアノの音
君の書いた詩
ひだまりでまるくなってあたたまる
生きていると失くしてしまったり
変わってしまったりするようなこと
でもその小さな幸福があたためてくれたところは
いつまでもぬくぬくとして心地よかった
『心の健康』
雲間からさすひかりが
ウィンドウチャイムを鳴らすみたいに
早朝の木にあつまる小鳥のおしゃべりや
ソーダをそそいだコップの中の氷や
高くけり上げられたボールのたてる音
君の何気ないしぐさや表情が
私のなかで音を鳴らす
無軌道な音楽を奏でている
『君の奏でる音楽』
甘すぎる水は蝶を殺すし
水が多ければ花の根も腐る
惜しみなく与えることが
必ずしも愛ではない
あなたを無力でいさせようとする"善意"
あなたの意思を尊重しない"厚意"
苦しいのは
そそがれたのが毒水だから
『蝶よ花よ』
盆には少しはやいけれど夢をみたよ
私って不義理だし飽きっぽいし
けれどあなたのことはまだまだ
特別にしておきたいから
『だから、一人でいたい。』