しっとりとしたツヤの刺繍糸
金銀硝子のビーズ
スパンコール
透かし模様の貝のボタンや
エンブレム入りの金属ボタン
何をつくるにも
少し足りないそれらを
小箱ならべては時々ながめる
空想の中でおとぎ話のお姫さまのドレスを彩り
冠やブローチやハンカチになって
貧しい少年や少女にとどけられる
無心で針を動かすのも好きだったけれど
今はそういう夢想をする時間がいちばん心地よい
まっしろなノートを前にしたときの胸の高鳴り
優しい疲労感でみる 夢の美しさ
『胸が高鳴る』
理屈を説けば
大人の顔でうなずくくせに
突然煮だって吹きこぼれしまう
自分の感情が一番不条理だ
『不条理』
つやつやみずみずしい新玉ねぎの
白く透きとおる肌に刃をおろす
鼻から喉の奥 肺に辛さが満ちて
じわりと目がうるみだす
これくらいでは泣かないよ
大人は色々鈍感だから
切る前によく冷やす
小さなライフハックの実践
しかし世の中これが通用しないこともあるのだ
霜のおりた地面に春が雨を降らせるように
酷使され傷ついた瞳にみるみる水の膜がたまり
ぽたぽたとこぼれだす
豚バラと梅肉
ポン酢と和えて食べた
新玉は甘かった
乾いた心ともろもろによくしみた
『泣かないよ』
今夜は風が強い
あちこちで窓や扉が軋んでいる
まるで鍵でも掛け忘れていないかと
ためしてまわっているかのよう
どうしたら僕らの不安は消え去るだろうか
良いことより嫌なことのほうが記憶に残りやすいね
同じように悪い未来のほうが想像に容易くて
いっそ石橋は叩き壊してしまおうか
あらゆる出入り口にバリケードを築こう
ありったけのお気に入りを缶詰めにして
地下のシェルターに籠もってしまおう
寂しくなったら詩や小説や日記を贈り合おう
一方通行でもいいから
そうして僕らは夜風を忘れてぐっすり眠るんだ
隕石でも降って来て
世界が滅ろぶ朝を待ちながら
『怖がり』
黄昏に 夜が息吹く
波のよせるように
暗やみが そらを 満たし
あふれる
星がふる
いやおうなく こぼれ落ちる
いくつもの光のすじが
黒い 海へしたたかに
叩きつけられては
薄氷のきしむ 音をたてた
星がふりやむ頃
波はうすく光り
浮かびあがったなき骸を
白い砂上へいざなう
硝子色からひょうはくされていくかがやきは
砕かれ ひと匙の砂に変わる
君は 黒と白の境界を
透ける 白いドレスのすそを濡らしながら歩いている
夜ごとひろがりつづける浜辺に
まだ息のあるものをさがしている
『星が溢れる』