飛べない翼(あとで書く)
脳裏
「私とまた、付き合ってください」
優しい声が庭を包んだ。私の許嫁もとい同盟を結んだ王子が、悪女の姉に告げたのだ。
姉は悪女と呼ばれていた。メイドたちをいじめて、愛馬を虐待し、私を陥れ、王子にわがままを働いていた。
王子は堪忍袋の緒が切れ姉に婚約破棄をした。
同盟を結ぶために、代わりに私との婚約が決まった。
私は王子に長年恋煩いをしていた。
この気持ちは隠しておくはずだった。
だから、とても嬉しかったの。嬉しかったのよ。
姉様、あなたがある日、人格が変わったように善人にならなければ。
私には分からぬ、何かを思い出さなければ。
私が生まれたことで黒に染まったらしい姉はよく私に言っていた。
「あんたさえいなければ幸せだったのに。」
憎々しい顔が脳裏をよぎる。
姉様、良かったわね。私から全てを取り返せたわ。
悪行を挽回して、今じゃ王国一の善人なんでしょ?
あは、あはははは。こんなの酷い。私、悪くないじゃない。
「ハッピーエンドだったのよ。あなたさえいなければ」
きっと私、今脳裏に浮かぶ姉様と同じ顔をしているわ。
意味がないこと
淡い青の、果てしなく続く空間の中でただ呼吸を繰り返す。私が何なのかも分からぬままに。
時を追いかけていたら、何かが違う壊れた世界にいた。いや、ここではこれが正常なのか。
行く宛もなく彷徨えば、私を見つけた。
ただ無邪気に笑って、友達と歩いている。
そのあどけなさも、幸せそうな笑顔も憎らしい。
あの時壊せなかったなら、今消してしまえばいい。
自分の中で黒い感情だけが疼いている。
次の瞬間、カァカァと声を出して、そんな黒い気持ちを具現化したような色の鳥が飛んでいった。
茜色の空間に変わっていた。
ああ、馬鹿な考え事をしている内に1日が終わってしまう。
私に似た学生はもう下校しているようだ。
思っていたよりもずいぶんと早く大人になるよ。
そうして、時が過ぎて私の世界は、私の人生は壊れて逝くのだから。
そんな世界の中でただ息を吐く。意味がないことを繰り返す。
車視点のCM
あなたとわたし、どんな物語がありますか。
柔らかい雨
人魚の女神が慈悲の涙を流したら、世界に雨が、人々に幸福が降り注ぐらしい。
そして再び幻の湖に水が沸き上がれば救われる。
ずっと、その言い伝えを信じていた。
いつか荒んで貧しい、この世界が明るくなると。
女神様、いつ私達に慈悲をくださいますか。
私はもう、何度も運命と戦いました。
彼らもずっと、希望を待ち望んでいます。
我ら聖騎士団に、剣を握る腕はもうないのです。
一筋の光が射し込む廃神殿の真ん中で祈る。
壊れた女神像は、もう私達に救いなどないことを示唆しているのかもしれない。
「どうすれば…良かったのでしょうね」
どうしようもなくて、女神像を抱きしめ泣いていた。
長い時間が経った。眠ってしまったのか。
見れば、女神像の目が蒼く光っている。
私の涙が女神像の目に掛かり、こぼれ落ち、泣いているように見えていた。
柔らかい雨が降り注ぎ、神殿は湖のように潤んでいた。