『傘の中の秘密』
病院からの帰り道。
雨の中、息子の手を握りしめたまま、ぼんやりと歩いていた。
夫に病気が見つかり、手術をしなくてはいけなくなってしまったのだ。
手術のこと、お金のこと、これからのこと、幼い子どもを一人で見ること、すべてが不安だった。
ふと息子を見ると、不安そうに私の顔を見上げている。いけない。思い詰めた顔をしてしまっていたのかもしれない。
息子を安心させるように微笑んでみる。
すると、息子は大きな目をぱちくりとさせ、私の手をぎゅっと握り返すと、舌足らずな言葉で
「おかしゃん、だーいしゅき!」
と言った。
鼻の奥がツンとした。
そうだ、私がしっかりしなくちゃ。
「ありがと。お母さんも大好きだよ。」
うまく笑えたかな。
それだけ言うと、慌てて傘で顔を隠した。
不安をこの子に気付かれてはいけない。ふいに落ちてしまった涙は私だけの秘密。
『雨上がり』
地下鉄の階段を降りるときにはどしゃ降りだったのに、電車が地上に出ると外は晴れていた。
七人掛けの一番端に座って、ぼんやり外を眺めて思った。
あ、雨やんでる。
荷物多いから、助かった。
わぁ、虹だ。キレイ。
久しぶりに見た。
良いことありそう。
電車が止まり、ちょっと良い気分でホームに降り立つ。まだ少し残る雨の匂いが心地よい。
改札を出て、洗われたような空気を胸一杯に吸い込んだ瞬間気が付いた。
うわ、やっちゃった。
傘忘れた。
ビニール傘じゃない、お気に入りの傘ほど無くしがち。
『勝ち負けなんて』
勝ち負けなんてあまり考えないな
と思っていたけど
誰かの頑張っている姿や成功を見ると
つい焦ってしまう
負けている気になるのかもしれない
人と比べても仕方がないのに
まだまだ未熟者だなぁ
『まだ続く物語』
童話では、最後は王子様と結ばれてハッピーエンドになることが多い。
でも現実は、結婚してからのほうが人生は長い。
たとえば白雪姫。
悪い魔女がいなくなり、王子様と幸せな日々。
最初は良いかもしれないが、白雪姫はずっと幸せに過ごせるのだろうか。
身も蓋もないかもしれないが、仮死状態で棺にまで入れられた白雪姫にキスをした王子様って…。
冷静に考えるとどうかしてる。周りで7人もの小人たちが泣いているというのに、それをものともせずキス。美しいというだけで。
助かったから良かったものの、常軌を逸しているとしか…。白雪姫はそこに違和感を抱く日は来ないのだろうか。
王子様だって、白雪姫の容姿が美しいというだけで結婚して、生活を共にしていたらこんなはずじゃなかったと思うことがきっとあるはず。
なぜなら白雪姫は、小人たちがドアを開けてはダメだと言っていたのに、窓なら良いだろうとか信じられない言い訳を並べて開けてしまい、しかもどう見ても怪しい老婆からもらったリンゴを食べたという前科を持つ。
白雪姫もどうかしてる。
…あれ、似た者夫婦か?
ハッピーエンドから続く物語。
白雪姫は王子様への違和感に蓋をしたり、王子様も白雪姫の美しくない一面を受け入れたり、尻拭いをしているかもしれない。
その物語の結末はどんなものになるのだろう。
ハッピーエンドになるのだろうか?
ちょっと見てみたい気もする。
『渡り鳥』
この時期の渡り鳥といえば、ツバメ。
ついこの間、ある道の駅で低く飛ぶツバメを見かけたので、もしかしたらと屋根を見上げてみた。
すると案の定、建物の軒先に巣があった。
小さな黄色いくちばしが見えた。
そして、気が付かなかっただけで、足元には看板があった。
“ツバメの巣があります。ヒナが巣立つまで優しく見守ってください。”
行き交う人も、屋根を見上げては一様にみんな笑顔が浮かんでいる。優しい世界。
ツバメが巣を作るのは縁起が良いと言うけれど、確かにちょっと幸せな気持ちになった爽やかな週末。