さぁそろそろ。
座り慣れたソファから立ち上がり、肩掛けのバッグを身につけて忘れ物がないか辺りを見回す。
『寒いから、気をつけてね。』
『うん、ありがとう。君もね。』
ずっと買い替えたかった靴を、いつものように履いたら君の方へ向き直して目を見つめる。
『『じゃあね…』』
『ふふ、かぶっちゃった』
……
『じゃあね』
ドアを開けると、もう日が傾いているのが見える。
ドアノブを君に任せて、手を振って、歩き出す。
次はいつ、会えるかな。
大好きなこの曲を聴きながら、夕日と共に違う場所へゆっくりと進む。
ドアノブを掴む手とは逆の手が、君の顔の方に向かっていく光景を何度も思い返しては、歩く。
歩き続ける。
歩き続けなきゃ…。
最後の言葉はあれで良かった。
昨日の夜かけた目覚ましが鳴ってしまった。
もう窓の外の光がカーテンの隙間から流れてきているんだろう。目を瞑っていても少し眩しい。
まだこのまま、あなたの体温で心地よいこの場所から動きたくないな。
もう一度深い眠りについて、パチッと目が覚めたらいいな。
そんなことをうっすら、ぼんやり、頭の中に置いたまま、寝ているあなたにキスをしてから起き上がる。
まだ、カーテンは開けないでおこう。
まだ、幸せを感じ続けたい。
この光と闇の狭間で-。
今、あなたが読んでいるこの文章。
私はこの文章をスマートフォンで打ち込んでいる。
あなたもきっと、スマートフォンで読んでいる。
同じような体勢で、同じような操作をして、同じような不思議な気持ちを感じながら。
時間も、場所も、性別も、見た目も、何もかもが違って他人の私たちの心の距離は果てしなく遠い。
それでもおなじ空間にいられるような感覚。
不思議な距離。
たった一言、彼が放った私への暴言。
私は常に、受け止めてはすぐに捨てるように心がけている。
もう一年以上。毎日とまでは行かないが、続いている現状。
私が受け止めて捨てることを繰り返せば、私たちの関係は終わることは無いし崩れることもきっと無い。
彼のことは好きだ。
簡単な気持ちだけで結婚したわけじゃないのは事実で、何もかもを受け入れて、何もかもを受け入れて貰えると思っていたから。
毎日の笑顔は絶やしていないし、感謝の気持ちもある。
『終わらせないで』
私の頭の中にいる、彼を心から愛する人格が、今日も私に繰り返させる。
終わらせないよ。
まだね。
つらくても、あなたのために私は繰り返す。
終わらせないよ。大丈夫。
私も終わらせたくないから。