【Midnight Blue】
夜更かしをしてしまったとき、2階の窓には、夜風を立てる車が、ぽつぽつと走っているのが見える。
たまに、ぶんぶんと奇声を上げるバイクがいる。
こんな夜に起きている人がいることに、毎夜、私だけじゃないんだ、という気持ちになる。
過ぎ去っていく車 それぞれに、あの人は夜遅くまでお仕事だったのかな、とか、あの人はお出かけしていたのかな、とか、想像を膨らませる。
家の窓から見える景色は、いつもなにげなく歩いている道だ。
でも、2階から見るだけで、黒いベールをまとうだけで、こんなにも特別になる。
私たちの生活には、意外とそんな特別が、たくさんあるのかもしれない。
【君と飛び立つ】
君の名前はいかにも飛び立ちそうで、だからなのか、君は飛び立てることを願っていた。私はどうしたら良いのかわからなかったけど、隣にいて、見守ることにした。君は何度も飛び立とうとした。
でも、どれもやっぱり いまじゃなかった。
「飛び立ってもいい?」
君は私にそう聞いた。
「僕が飛び立ったら、君はきっと泣いてしまうと思うから。」
「私のことは、考えなくていいよ。君のことは君が決めな。」
泣いてはしまうと思うけれど、という言葉はぐっとのみこんだ。だって、きっと乗り越えられるから。
せめてそのときがくるまでは、となりにいさせてね。
【きっと忘れない】
久々に、父方の叔母さんに会った。
叔母さんといっても、おねぇさんみたいな存在で、よく一緒に遊んだ。
昔、そんな「おねぇさん」と、手をつないで一緒に走るのが好きだった。「おねぇさん」は足が速くて、体の全部を引っ張られる感じが楽しかった。
何度も「もう一回!」とねだっていた。
妹の七五三のときにも、引っ張って!とねだった。
「おねぇさん」の握り慣れない手が、私のすべてを引っ張っていく。
「もう一回!」
「えー、もうおしまい。」
あっ、と思った。
もう、「おねぇさん」はかけっこだけで はしゃげないんだ。
「おねぇさん」は、おばさんになったんだ。
「おねぇさん」に子供ができてからは、私もおねぇちゃんと呼ばれる時期になっていて、もうすることはなかった。
老化って、成長とも言えるよな、と思う。
あのときの、あっとした感覚を、私は、きっと忘れない。
【なぜ泣くの?と聞かれたから】
わからない。
ただ痛くなる心を、私は俯瞰することしかできない。どうにも、あなたと話しているだけで、あなたの怒鳴り声を聞くだけで、水でできたモザイクがかかる。
私が聞きたいよ。私だって、子供っぽくて嫌だよ。
私の泣き声があなたの癪に障るたび、心の中の、子供の私がぎゃん泣きする。
これはあなたのせいで、私は被害者。
これからのことなんて、考える余地はない。
たぶん、傷つくのが怖いだけなのよ。
【足音】
子供の頃、「かっかくつ」が欲しかった。
歩くたびに「かっかっ」と音を立てる、かかとが高くなってるくつ。
母がもっていた「かっかくつ」はきらきらしてて、にせもののほうせきがついていた。
結婚式とか、特別なときに はく そのくつを、いつかはいてみたかった。
母がいない間に、ぶかぶかの「かっかくつ」をはいて、はしゃいでいた。
「足、痛くなるよ」
大丈夫だよっ、言いかけたとたん、ばたん、と倒れてしまった。
可愛さの中の大変さに、そのとき気がついた。
でも、それでもほしかった。
はやくおとなになりたかった。
小学生になって、初めてヒールのついたサンダルを買ってもらったとき、心の奥がドキドキした。
私も、大人の仲間入りをした気がして。
今日、ハイヒールをはいて君とデートした。
足が痛くなったし、靴擦れしたし、お風呂にはいるとズキズキした。
でも、その傷を見るたび君との時間を思い出して、やっぱり心の奥がドキドキした。
私も、おとなになれるんだと知って。