鷹見津

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8/9/2023, 4:30:33 AM

蝶よ花よ

 夏休みだよ、と部室に入った途端に叫んだ先輩はそれはもうウキウキとしていた。
「そうですね。長い夏休みの始まりです」
 中学生の頃は夏休みが始まる度にわくわくとしたものだが、今年はそんなこともない。俺も成長したのかもしれなかった。
「先輩は何か予定でも入ってるんですか?」
 あんまりにも楽しそうにしているので、聞いてあげることにした。先輩はとにかく喋るのが大好きなので。
「親戚の持ってる島に遊びに行くんだ。海で泳げるんだよ」
「へぇ、楽しそうですね」
 先輩がきょとんとした顔をしてから俺にすすっと近付いてきた。
「なに他人事みたいな顔してるの? 君も行くんだよ」
「……え?」
 首を傾げる先輩が、俺をじっと見上げた。しばしの無言。
「……俺の予定とか聞いてないのに勝手に予定を入れてるんですか?」
「後輩は先輩と一緒に夏休みを過ごすものだよ!」
「それ、俺の知らない常識だなあ」
 先輩は俺に先輩面をしてくるし、実際先輩ではあるのだけれども、たまに常識がズレていることがあった。蝶よ花よと可愛がられて育った箱入りっ子のような気がする。
「……えー、駄目だった? 君、どうせ用事なんか入ってないでしょ?」
「し、失礼すぎるなこの先輩」
「だって、君っていつも授業が終わったら部室に来るじゃないか。暇なんじゃないの?」
「……俺にも一応、友達はいますからね。真面目な生徒なので部室にちゃんと来てるだけですよ」
 先輩は興味が無さそうに、そうなんだあと返してきた。
「まあ、とにかくさ。君は夏休みの予定空いてるんだろ? 僕と島に行こうよ〜! 海だよ、海。避暑地だよ? 今年の夏は暑いんだぞ?」
 俺を熱心に口説く先輩の瞳はきらきらとしていた。それを眺めてから、俺は口を開いた。
「仕方ないですね。良いですよ」
「よし、言質は取ったからね。絶対行こう。海で砂の城を作ろうね」
 部室に入ってきた時よりもご機嫌になった先輩に、こちらも少し楽しくなる。楽しい夏休みになりそうだ、と思っていた俺は夏休みだからといって事件が休んでくれる訳でないことをまだ知らない。

8/8/2023, 1:33:35 AM

最初から決まってた

「いつからこうなるって分かってたんですか?」
 目の前で微笑む先輩に俺は問う。先輩は立ち上がって、俺のそばに立った。
「最初からだよ。僕の後輩くん。これからよろしくね」

 高校生になったら、どんな部活に入ろうかと入学前から楽しみにしていた。運動部も盛んではあるし、それ以外の部も楽しそうだった。それなのに。
「どうして俺はこんな所に」
 思わず呟いてしまったのは、仕方のないことだろう。馬鹿みたいに狭い部屋にぎゅうぎゅうと詰め込められたのは新入生たちだった。
「だって、勧誘してきた先輩がすごい綺麗だったんだぜ? お近付きになりたいだろ」
「俺は今日は野球部かサッカー部の見学に行きたかったんだけど」
「そう言うなって。お前も絶対来て良かったって思うからさ。良い友人に感謝しろよ」
 狭い部屋の前方には大きくオカルト部歓迎と書かれていた。こんな部活、部活紹介の時にあっただろうか?
 かつん、と音が鳴り誰かが入ってきたのが分かった。そちらを見やれば、セーラー服を着た黒く長い髪を持つ生徒がいる。
「今回は集まってくれてありがとう、諸君」
 友人に服を引かれ、あれが例の先輩かと思う。確かに目を引く姿だった。
「このオカルト部に入部したいと考えてくれる新入生がこんなにいるなんて、先代の部長が聞いたら泣いて喜んでくれるだろう」
 にこりと笑う表情に集まった新入生たちのテンションが上がるのが分かった。狭い部屋が暑くてたまらない。早く出たいなと思わないことも無かったが、オカルト話は嫌いな訳でもない。とりあえず、話を聞くぐらいなら良いだろう。
「……しかし、我がオカルト部はこの通り狭くてね。入部出来る人数は決まっているんだ」
 残念なことにね、と言いながら先輩がウィンクをしてみせた。
「そういう訳で、入部試験を行うことにしたんだ。内容は簡単。君たちはただ、肝試しをしてくれたらいい」
 高校生になって肝試し。ちょっと面倒だなと思っていると先輩が言葉を続ける。
「肝試し会場は、この学園の地下だ。ああ、安全面は確認済だから安心してくれ」
「地下?」
 思わず、声に出してしまった。先輩がぱっと俺に視線を向けた。
「何か疑問でも?」
 周りからの視線が痛い。だが、黙りこくるのも印象が悪いだろう。
「……この学園に地下は無かったと記憶してるのですが」
「学園は広いよ? 君が知らなかったんじゃないかな」
 俺は首を横に振る。
「少なくとも外部に公開されている地図には書かれていませんでした。図書館で確認出来る校内図にもありません」
 先輩が、先ほどまで浮かべていた笑みとは違う種類の笑みを浮かべる。
「……そう。入学してから日が浅いのに良い心がけだ。公開されている地図に無いのも当然のことなんだよ。だって、僕が去年見つけたやつだからね。まだ地図が追いついてないんだ」
 ぱちぱちと瞬きをした俺から目を逸らした先輩が、肝試しの説明を続ける。見つけたってどういうことだろう。この学園は歴史が古い。隠された地下があるのも納得は出来るが、それを個人で見つけたのか? 今まで誰も見つけられなかったのに? それは、それって。
 ――すごく楽しそうだ。
 そう思ったのが運の尽きだったのかもしれない。先輩の地下の肝試し大会で、唯一最後まで辿り着いてしまった俺は、これから人生の中で最も濃く危険な高校一年間を過ごすことになる。先輩に文句を言った所、最初から好奇心旺盛で知識欲も豊富だったんだから僕のせいじゃなくて君が決めたんだよと、返されて何も言い返せせなかったのだけれども。

8/6/2023, 11:39:01 AM

太陽

「これだよ、これ! 僕が求めていたのはさあ!」
 今の状況にそぐわないはしゃぎっぷりを見せながら、先輩が砂浜に駆け出していく。と思ったら、あついと叫んで戻ってきた。
「ちょっと熱いんだけど……砂が……」
「当たり前でしょう。砂が熱されているんですから」
「うう……こんなの聞いてないよ……ネットは教えてくれなかった……ここは避暑地じゃないのかな……」
 塩をかけた青菜のようにしおしおと萎れた先輩の足元に跪く。
「足、上げてください」
 持参したサンダルを両足に履かせる。夏休みだから海に遊びに行こうと俺を誘った割に計画がふわふわしているから、大丈夫かこの人と思って用意していたのだ。
「わー、流石僕の後輩! ありがと!」
 にこにことご機嫌になった先輩の黒々とした髪の上に麦わら帽子を被せる。
「手慣れてるんだねえ」
「小さい頃はよく海に来てたので」
 スポドリも用意してますよ、と言えば先輩が嬉しそうに笑う。
「僕は海がないところで育ったからね。この点においては君の方が先輩みたいだ」
 麦わら帽子のつばを掴んで、調整した先輩が歌うように呟く。
「そうなんですか」
 オカルト部、唯一の部員である先輩は聞いてもないのに自分が遭遇した話をぺらぺら喋るのに、自分のことは殆ど教えてくれない。出身地の話も初めて聞いた。
「さて、それじゃあ遊ぼうか。砂のお城を作ってみたいと昔から思っていたんだよ」
「……一応、俺は先輩に誘われた側の人間なのでとやかく言うつもりは無いんですけど。砂の城なんか作る暇があるんですか?」
 先輩は首を傾げる。なにが? とか言ってきそうな顔だった。
「なにが?」
「先輩の遠縁が亡くなって、遺産相続権を巡って話し合いをするってことでこの島に呼ばれたんでしょう?」
「そうだね。でも、僕は本当に遠縁だから相続権なんていらないよ。そんなことよりも海で君と遊ぶ方が重要だと思わないかい? 高校生の夏は短いんだよ」
 先輩が俺の額を人差し指で突く。
「……島に集められた人たちはそうは思ってないみたいですが」
「ああ、そうか。君、僕のこと心配してるのか」
「当たり前じゃないですか」
 にやにやと笑い出した先輩に、じとりとした視線を向ける。
「大丈夫だよ」
「そんな楽観的な……」
「大丈夫なんだって」
 先輩の冷たい掌が、俺の頬に触れる。
「だって、一人じゃなくて君がいるもの。二人なら、何が起きたって」
 大丈夫だよ、という先輩の声は残念ながら俺の鼓膜に届くことは無かった。読唇術を学んでおいて良かったなあと思いながら、俺は近くの桟橋に目を向ける。赤色と青色ってとても相性の良い色かもしれない。晴れ渡るような青い海と爆発して燃え盛る小型船の赤。綺麗だなあと眺めて現実逃避をしている俺の腕を引っ張って、先輩が歩き出す。斜め後ろから見た顔が、砂浜に駆け出した時と同じぐらい輝いていて、この人の中では海も爆発も同等の価値があるのだなと思った。……俺としても非日常なものは心が擽られるので好きではあるのだけれども。
「先輩。爆発した所に近付くのは危ないですよ」
 口だけは優等生のような事を言った俺に悪い笑みを向けてくる先輩には、全てを見抜かれているのかもしれなかった。

8/6/2023, 7:22:48 AM

鐘の音

 鐘の音が鳴る。この学園の中心には、大きな鐘が昔から設置されていた。
「うーん、この音は何度聴いても心地が良いね」
 先輩が目を細めながら、窓の外を見ている。ふわりと夏の風が先輩の長く黒々とした髪をなびかせた。俺の所属するオカルト部、唯一の先輩はそれはそれは楽しそうにしている。
「音というか、この近さだと振動って呼んだ方が適切だと思いますよ」
 俺の言葉に先輩が、きゃらきゃらと笑う。
「確かにね。びりびりと肌が震えるから、君の言う事は間違いじゃない。僕は好きだけれど、君はあまりこの鐘が好きじゃないのかな」
 先輩が立ち上がり、背を伸ばす。
「嫌いではないですよ。別段、好きでもないですが」
「うちの部室は鐘から距離が近いからねえ。君には悪いな、と思わないこともない」
 にこにこと何かを企んでいる時の笑顔で先輩が近付いてくる。
「でも、一応ここに部室を構えたのには理由があってね」
「……なんですか?」
 ふふん、と胸をそらす先輩が窓の外を指差す。直近に見える鐘はいつもと変わらない。いいや、何かが引っ掛かる。
「あの鐘は学園の異変を察知するという言い伝えがあってね。我らオカルト部にぴったりの話だろう?」
 じっと鐘を見て、俺はようやく気がついた。
「鐘の音が止まない」
 学園に入ってから早数ヶ月。最初は意識していた音も日常になってしまえば、それを意識しなくなる。日常に溶け込みすぎたせいで、いつもなら止まっている筈の鐘の音が続いていることにすぐに気が付けなかった。窓から見えるグラウンドで部活動をしている生徒たちも騒いでいる様子がない。
「君は運が良い。入学してすぐに学園におかしなことが起きるんだから」
「運が悪いの間違いでは?」
 先輩は、わざとらしく目を見開いた。
「それ、本気で言ってるの? オカルト部に入っておいて?」
 つんつんと俺の頬を突いた先輩の指を掴んでやめさせる。夏だというのに冷たい指だ。冷え性なのかと心配になってくる。
「まあ、俺としても気にはなりますよ。先輩がたまに語る冒険譚が本当のことなのかが分かりますし」
 地下に続く洞穴での事件や手芸部で起きた密室の全ミシン消失事件など、様々な事件の話を先輩は部活の時に語ってくれる。そのどれもが、オカルト部に所属しているのに普通の人間の起こした事件なので、先輩は不満らしいのだが。俺は割と楽しく聞いていた。そりゃあ、せっかくなら超自然的な体験をしてみたいけれど、ミステリだって好みなのである。
「本当のことしか君には話してないだろう?」
「昨日、俺の分のチョコレート食べてないって嘘をついたのは流石に覚えてますよ」
 先輩がそっぽを向いた。
「とにかく、僕と君で学園の異変を解決しようじゃないか。これで毎日部室に来てるのに活動をしてないせいで擬似幽霊部員だなんてクラスメイトに揶揄されることもなくなるよ?」
「それは先輩だけのあだ名なんで、俺には関係ないですね」
「……ええい、いいから調査開始!」
 先輩に引き摺られて部室を出た俺は知らない。この異変が原因で次から次へと学園で起きた困り事が持ち込まれることを。