明日への光
明日への光が見えたらどんなにいいことか
私は暗闇を手探りで歩いている
明日への光は見えたことがない
強いて言えば家族で旅行すると決まって
その日まで仕事をがんばる
今日乗り越えれば明日は休み
その光は薄く輝いてはいない
その光を掴んだらすぐに消えてしまい
また暗闇に戻る
そんな毎日を私は生き続けている
明日への光はないけれど
私の心の光は娘の存在
それだけで十分ではないのかと言われると
確かにこれ以上の光はない
けれど他にも光が欲しいと思うのが人間
結局人間は欲張り
星になる
星になるって色んな表現あるよね
例えば
誰かの憧れの的になる
何かの一位になる
亡くなった人は星になる
でもさ結局これって誰かの中で
輝き続けてる人だよね
素晴らしい人はたくさんいる
なんならみんな星は持っている
ただそれを表に出すか出さないかだけ
けれど輝きを表に出した人って
注目されたり想われたり素敵だよね
そんな人になってみたいとは思うけど
私には多分無理
その重圧を考えただけで疲れちゃう
じゃあ亡くなった人ならいいのか?
それも嫌
その想ってくれている人を残して行ってしまうから
だったら誰にも想われない方が私は楽かな
遠い鐘の音
いや、鈴の音じゃなく鐘の音!?
あ、失礼
普通にホラーじゃんって思ってしまって…
子供の頃ならこの時期に鈴の音なら
赤い服を着たプレゼントをくれる
おじいさんかもしれない
成人してしばらくしたら
鐘の音は結婚式の素敵な鐘かもしれない
年越しには除夜の鐘の音
色んな鐘の音が鳴る
鐘は素敵な場面でしか聴かないかもしれない
私はどんな鐘の音を聞けるのかしら
できれば将来
娘の結婚式で聴けたらいいな
スノー
雪はいりません
山だけ降ってください
お願いです
雪かきの時間無駄です
ってお願いしても毎年降る雪
結局雪かきしたって夏には溶けるはずなのに
雪かきしないわけにはいかない
雪の降らない地域にはわからない悩み
雪かきでひどい時で一日四時間は無駄にする
四時間あったら何する?
私は寝る
夜空を越えて
夜空を越えたら世界は変わるのだろうか
どこを越えればこの生きにくい世の中を
飛び越えられるのか
時代を越えてもまだ古い習慣、環境が残る
古いのが悪いわけではない
けれど古き文化は残しつつ
新しい、いいものを入れていかなきゃ
若い子が可哀想だと最近思う
私も若い部類だが30代は板挟みで辛い
若い子の気持ちもわかるし
年上の人たちの気持ちもわかる
もう少し思いやりを持てないものか
そしたら時代を飛び越えられるのに
新人だからやってあたりまえではなく
新人だからこそ覚えるまで
私たちがやるよに変われないものか
新人だから遅くて当たり前
じゃあ先輩方がやってあげて
集中させてあげようとはなぜならない
私が50代になったら
若い子よりも残る
むしろ若いから早く帰りなさいと言う
私はそんな人になりたくないを目標に
次の時代を乗り越える