半袖
奥山先輩の半袖姿…?!
いや半袖姿自体は特段珍しいものでもない
うちは私服の高校なので大半の生徒は部活のユニホームか学校指定のジャージで過ごしていて、奥山先輩も例外ではない
しかし昨日、奥山先輩はそのどちらでもなく、おそらく自前と思われる私服の半袖を着ていた
いや、似合ってないとかダサいとかそんな事は言っていない、むしろ似合っていた
そう、似合ってしまっていたのだ
そんなもんだから、「ゆー」こと私の幼馴染、小林悠人は先輩に釘付け
先輩には彼氏がいるって噂があって、ゆーもそれは知ってるみたいだけど、だからといってなかったことにできるほど恋心ってやつは利口じゃない
それは私が一番よく知っている
だから今日、私、青木みなみは無謀にもおしゃれな半袖を着て学校に来た
「ゆー、おはよー!!」
「おはよう、元気だね」
とだけ言って彼は自分の教室の方へ歩いていってしまった
褒めてくれるどころか気づいてすらくれなかった
彼の眼中にないことを知っていたはずなのに
意味ないってわかってたはずのに
期待なんかしてなかったはずなのに
あぁ
恋心ってやつはどうも利口じゃない
たった一言なんかに期待して
いっそ嫌いになってしまえば
ピロンッ
その思考を遮るようにスマホの通知が鳴った
『似合ってんな、馬子にも衣装?笑』
あぁ
恋心ってやつはどうも利口じゃない
たった一文のメッセージなんかで満たされて
嫌いになんてなれそうもない
だから
「一言余計だっつうのっ」
なけなしの反抗心で、ぼそっと呟いてみた
もしも過去へと行けるなら
なんというか呆然とした
心にぽっかり穴が空いたような感覚というのはこういうことを言うのであろうか
ただ何をするでもなくデパートのフードコートでほとんど無意識に、もう氷しか残っていないコップをストローでズルズルとすすり続けている
ことの始まりはおよそ15分前
「僕」こと小林悠人は失恋した
決して告白して振られたみたいなことではない、そんな勇気はない
ただ密かに想いを寄せていた奥山先輩に彼氏がいる事を知ったのである
かなり仲良しのようで頻繁に目を合わせては微笑み合っていた
頭をポンポンされたりなんかしちゃったりしてて、奥山先輩は恥ずかしそうなでもどこか嬉しそうな僕には見せてくれそうにない乙女の顔をしていた
極み付けには僕へのトドメかのごとく恋人繋ぎをして2人はフードコートを後にしたのだった
その数分後、失恋の実感がふつふつと湧いてきて放心状態の現在に至る
もしも過去へと行けるなら、奥山先輩に恋焦がれる前に、いや出会う前に行きたい
そんな考えに至ったのはそれから数時間後のことだった