羅針盤
シャキシャキと妹の髪を切ってやる。
その髪はまっすぐで細くも太くもなく、
大抵の女の子が嫉妬する髪質だ。
母は美容と健康を考えてる管理栄養士、
父はカメラマン兼動画クリエイター兼YouTuber。
自分が生まれる前から
メンズメイクに力を入れていた人だ。
そんな二人の間に生まれた自分と妹は
物心つく前から美と健康と人に見られることを
刷り込まれている。
息をするように筋トレをして、瞬きするように
カロリー計算と栄養バランスを弾き出せる。
しかし両親は二人とも容姿そのものが
良いわけじゃない。
優れているわけではないが、人目を引く姿をしている。
髪の色、肌の色、艶、長さ、小綺麗さ、
体格と筋肉のバランス、服装。
あらゆるところに気遣いをした結果、
周りから”素敵”という評価を手に入れている。
自分も不細工とは言わないがどちらかといえば凡庸で、
両親の影響がなければブサ系や陰キャに
振り分けられていたと思う。
髪質改善、こまめな散髪、肌のメンテナンス、
筋トレ、柔軟、生活習慣、
歯列矯正と色々手をかけてくれたことに感謝だ。
見た目は大事だ。
人は見た目じゃないというが、あれは嘘だ。
顔がまずいと人格歪む奴が多い。
どんなイモでも身なりを整えてやると顔が輝く。
その顔が好きで美容師になった。
髪だけじゃなく、メイクもパーソナルカラーも
骨格診断もファッション相談もなんでもやってる。
男でも女でも見た目を気にしてるなら
自分のところに来ればいい。
そのどんよりした曇り顔、晴れにしてやんよ。
そんな気概をもって日々鋏を握っている。
しかし、今髪を切ってる相手はそうではない。
美人で評判だった母方の祖母に似た妹だけが
人形みたいな容姿に生まれついた。
あまりに可愛いので
父があらゆる媒体で記録をとっており、
妹専用のデータ保管棚が父の仕事部屋にある。
父も母も妹の容姿に色めき立っているが、
本人は小さい頃から妬まれることが多い上、
唐突に友達から嫌われたり、物を隠されたり、
変質者に付き纏われたりするので
悪いよりは良いかもだけどそこまで…。
という感じだった。
身なりは整えているが、あまり嬉しそうではない。
いつも地味に無地のトレーナーやパンツルックで
俯きがちにしている姿は
兄として気がかりだったが、
今の学校に入ってから様子が変わった。
お兄ちゃん、私もっと可愛くなりたい。
色々教えて!
思春期か?と思ったが、友達ができたらしい。
友人がニコニコ笑いながら
可愛い、可愛いと褒めてくれるのだそうだ。
その褒め方が今までの友達とは全く異なり、
素直に心から誉めてくれるのが嬉しいのだそうだ。
可愛い可愛い言うてくれるんやけど、
そんなこと言うお前の方がかわいいわ〜言いたい。
てれてれと恋バナのような友達トークをする
機会が増えた。
その子は少しおっとりしているらしく、
一軍女子にタゲられることもあり、
そんな時、自分の容姿が威嚇に使える事に
気づいたらしい。
おお、スクールカースト。
美少女の地位は高い。
妹は友達を守るために己の容姿を武器にすることを
決めたようだ。
筋トレを増やし、歩き方レッスン、食事のマナー
スキンケア、ナチュラルメイク、
元々の素質が良いので、気合を入れるようになったら
太刀打ちできる同級生が存在ないだろ、という
レベルになった。
シャキシャキと毛先に鋏を入れる。
切り終わったので乾かしてやる。
天使の輪が美しい完璧な姿に仕上がった。
うーん、我が妹ながら見た目が良い。
メイクしてやったらもっと映えるだろう。
伸び代でけえなあ。
思わず感心してしまうが、
本人はこれどうかな、と意見を求めてくる。
自分の容姿について客観的に良いと理解はしているが
嫌な記憶がこびりついているのか、
堂々と私は可愛いとは言わないのだ。
なので、変な嫌味を言わずに
俺の腕を疑うなと言ってやる。
あとは髪のセットの仕方だ。
いくら綺麗に切り揃えてやっても
自分でヘアセットできなければ魅力半減だ。
真剣に聞き、よし明日やってみると気合を入れている。
妹は、他の誰より友人に褒められるために
容姿を磨いている。
うちなあ、ここみちゃんに可愛い言われるのが
一番嬉しい。
ここみちゃんの笑顔が見たいねん。
あと、半端な一軍気取りがここみちゃんに
余計なこと出来んように上目指したる。
何か言いたかったら
うちより美しゅうなってから来いやオーラ出したる!
この年頃だと男の気を引くために
容姿磨きするもんだが、
妹は友人を守り、友人から褒められることだけを
目標にしておのれを磨いている。
この業界にいると性格ブスの美形というのに
いくらでも出くわす。
そんな奴らみたいになってくれるなと
つい祈ってしまう。
妹は。
容姿に天狗になることもせず、
男を手玉に取ることもせず、
ただ楽しい時間を一緒に過ごせる友達が好きで、
毎日が楽しいと、実に健やかに育っている。
そのここみゃんという子が妹の羅針盤なのだろう。
どうかコイツが方向間違えた歪まないよう、
優しく手を振ってあげてくれ。
ヘアケアのやり方をスマホに打ち込んでいる
妹を見ながら、兄は無言で祈った。
明日に向かって歩く、でも
※後日更新します。
※すみません、忘れてました。今回はお休みにします。
ただひとりの君へ
※土日祝はお休みです。
手のひらの宇宙
※土日祝はお休みです。
風のいたずら
風のいたずら。
昔、これに近いタイトルのえっちな動画を見てしまったことがある。
きっかけは切り抜き動画だった。
風が吹き、女子のスカートの裾がめくられていく。
その瞬間だけ幾つもいくつも繰り返される。
何だコレと思い検索をかけたらタイトルがわかった。
スカートがめくれるパターンがあまりにも多かったので
何パターンあるのか気になり切り抜き動画を
周りまくったが、
本体は未成年なので買う勇気がなかった。
検索をかけて出てきたアダルトサイトが生々しすぎて
自分にはまだ早いとブレーキがかかったのだ。
見たいけどまだ早い。
欲求を理性で押さえつけたが、大きな弊害が生まれた。
それはつまり。
気になるあの子のぱんつが見たい。
えっちな動画本体から興味がリアルに移ってしまった。
征服の裾が気になる。
階段を登っている時見てはいけないという気持ちと、
ひょっとしてと期待してしまう自分が嫌になる。
強い風が吹いた時など平静でいられない。
見たいのだが、同級生が同時に目撃するのは嫌なのだ。
彼女は好きだ。まっすぐな背中も、綺麗な髪も
友達に向かい笑う顔も、真剣に授業中を聞いてる姿も
全部全部好ましい。
そんな素敵な存在に下心を向けてしまう自分が嫌だ。
自分、こんなにいやらしい人間だったのか?
自己嫌悪しつつ、スカートを目で追う欲求が止められない。
これがクラスの女子にバレたら人生が終わる。
でもやめられない。
葛藤が壊れる日が訪れた。
移動教室の際、渡り廊下を歩いている時それは訪れた。
少し冷たい晴れた日の午後だった。
少し前を友達と歩いている彼女のスカートの裾を
見ないよう努めるために、
結んだポニーテールの髪の先を見ていた。
ゆらゆら揺れる髪先が綺麗だ。
そんなことをぼんやり思っていたら髪が乱れる。
突風が吹いたのだ。
小さい悲鳴と共に隣の友人とともに
スカートが飜る。
見てしまった。
真っ黒いスパッツを。
そうか、そうだよな。
今時スカートの下がパンツとかファンタジーだよな。
とくに今冬だし、女子がお腹を冷やしてはいけない!
合理的!合理的だ!!
見たかった!という気持ちを打ち消すために
アンダースコートの正当性を
頭の中に捲し立てる。
見たかった、でも見なくてよかった。
もしも。
もしもスカートの下にスパッツを履いていなかったら。
自分は彼女の顔を
二度と見ることができなくなってなっていただろう。
だからこれで良いんだ。
まだ心の片隅で、でも本当は見たかったろ?と
呟く自分がいる。
だから!黙れ!!
しばし自分の思考と格闘することになり、
友人達から奇妙な眼差しを送られた。