イルミネーション
※土日祝はお休み
愛を注いで
愛ってやりたいように注いじゃ駄目なんだよね。
サボテンを眺めながらしみじみ思う。
先週水をやったので、来月くらいまでは水はやらなくて良い。
職場でサボテンを貰ったときスマホで調べた。
サボテンは土がカラカラに乾いて
さらにそこから数日経過した後で水やるくらいが
適切なんだそうだ。
鉢植えがあるからつい水をやってしまいたくなる、はアウト。
サボテンの都合を考えてやらないと腐る。
へー、とスマホを眺めながら感心し、
頭の中の霧が晴れるような気がした。
これ、人間も同じじゃね?と。
自分の両親は無制限の愛を子に注ぐ人たちだった。
自分ではなく兄に。
兄なんでも与えられた人だ。
服も、食事も、おやつも、お小遣いも、
欲しいと言えば欲しいだけ与えられ、
親が与えたいものもどんどん与えられ、
何をしても許され、何もしなくても許され、
いつでもあなたが正しい、
そこにいるだけで価値があると褒められていた。
兄にひたすら愛を注いでいた。
その結果どうなったかというと、
食べたいものを好きなだけ食べて太り、
勉強も運動もせず当然のように落ちこぼれ、
そして自分は悪くない、周りが悪いと言うようになり、
その姿を両親は全力で肯定していた。
対して自分はどうだったかというと、
お前はスペア。
お前には価値がない。
お前は頭が悪い。
お前は不細工でみっともない。
無駄飯食い。
金がかかる。
住まわせてやるだけありがたいと思え。
そう言い続け、その通りだと信じ切っていた。
それを両親の隣で聞いていた兄もうなづいていた。
だから祖父の介護を言いつけられた時従った。
だから大学へ進学もしなかった。
祖母も寝ついてしまった。
祖母の介護もお前がやれと言われ従った。
毎日毎日祖父母の介助を行い、食事を作り、
排泄物の片付けをして、夜中でも起こされて、
気に入らなければ殴られたり、唾を吐かれたり、
怒鳴られたりしていた。
何もない時は隣の部屋で待機していた。
何かをしようと思う気持ちもなかった。
家から出ることもなく、
衣類は兄の着古したものを着ていた。
毎日毎日同じことを繰り返していた。
同じことを何回繰り返したかわからない頃、
祖父が死んだ。
祖父が死んだら祖母は施設に送ることになった。
お前用済みだよ、出てけ。
兄に言われて今のアパートに連れて行かれた。
両親は見送りにも来なかった。
呆然としてふと手元に残った携帯の日付を見た。
今まで今が何年かも気にしていなかった。
年数を数える。数がうまく数えられない。
何度も数えなおす。
何度も繰り返し、ようやく高校を卒業してから
20年経っていることを理解した。
浦島太郎ってこんな気持ちなのかなあ…ぼんやり思った。
10日くらい部屋で動かずにぼんやりしていたが、
ぼんやりしてても腹が減るし、
腹が減ったら外に出てコンビニでパンを買い食べていた。
兄から握らされた金はそんなに多くない。
金がもうないことに気がつき、
こういう時はバイトするんだっけ、と思いつき、
コンビニの張り紙を見て即聞いてみた。
聞かれたことに答えていたら、
介護してたんならあっちの方が向いてるかもねえ、と
オーナーさんに言われて介護施設を紹介された。
介護職は楽だった。
キツいらしいが、祖父母に比べると断然大人しいし、
殴ったり噛みついたりする回数も少ない。
風呂に入れるのもベッドに寝かせるのも楽だし、
何より同じことをする人が複数いて分担できる。
同じ話題で話せるのが楽だった。嬉しかった。
喋りながら、自分が話しかけて返事をしてくれる人と
顔を合わせるのはどれくらいぶりだろうと考えていた。
そして何より、働いたら金が入ってきた。
小銭以上の金を好きに使えると気がついた時
仰天した。
何に使って良いのかわからないとオロオロして、
コンビニのオーナーさんに会いに行き、
かごいっぱいに弁当やおにぎりを詰め、
初めて給料貰ったから沢山買います!と宣言をした。
オーナーは笑っていた。
一気に買うな、
毎日決めた分だけ少しずつ使いなさいと叱られた。
そして一年。
がらんとしていた部屋の中は随分変わった。
窓辺にはサボテンがあり、
安物だが新品の服が増えた。
玄関には施設のレクで作られた人形が飾ってある。
携帯はスマホに変わった。
コンビニに行くと週一でオーナーが店番をしており、
身だしなみと健康状態のチェックを受け、
うちにばかり来ないでよそのお店にもいきなさいと
近所の惣菜店や定食屋を教えてもらった。
そして、爪はOK、耳掃除も忘れずに!と
笑った顔でやはり叱られる。
叱りはするけど怒鳴りはしなかった。
頭が悪いとか価値がないとも言われなかった。
叱られるのが心地よかった。
少しずつ自分のことを話した。
馬鹿にする人や目を合わせない人もいたが、
親切な人は親切だった。
コンビニのオーナーも、職場の人も沢山のことを教えてくれた。
20年を埋めるのはなかなか難しい。
段々自分に色が付いてきた気がする。
そして過去を振り返る。
自分の家族は、今接している人達と全く違う。
何が違うのか不思議で考えてみて、よくわからなかった。
サボテンを貰い、どうすれば良いのか検索をかけてみて
唐突に気が付いた。
職場の人は入居者さんの様子を見る。
気持ちに寄り添う。
どうすれば居心地良く過ごせるかを考える。
しかし、仕事としての線引きはする。
記録をつける。
ミーティングをする。
話し合うし声を掛け合う。
この人達はサボテンに水をやりすぎることもないし、
やらなさすぎることもない。
ああ、全く違う。
両親の手元にサボテンがあったら、
自分達のやりたいように水をやり、
やりたくないなら放置するだろう。
サボテンの都合などどうでも良いからだ。
自分は乾いたサボテンだった。
ふと兄のことを思い出す。
兄は水を貰いすぎて腐りはしなかったのだろうか。
兄のことは眺めているだけで、
一緒に何かをした記憶がない。
あそこから出て行けと言われたこと。
それだけを感謝して今日も仕事に出かけよう。
心と心
ゲホゲホゲホ
咳が止まらない。
ヒュウヒュウと息をするたびに喉が鳴る。
困ったな。
古いアパートで天井を眺めながら
途方に暮れる。
はとこは昨日来たばかりだから、
あと2、3日は来ないだろう。
自分がこんな状態になってからどれくらい経つだろうか。
それって熱のこと?別のこと?
重い頭では浮かんだ疑問に答えることもできない。
代わりに昔の辛い記憶が蘇る。
この程度できる奴はどこにでもいる。
お前なんてここを辞めたらどこも雇わない。
お前、飯食う権利があると思ってんのか。
体調不良?その程度で休む気か!
お前が仕事しない損失を補填しろ。
あー、使えねえ。
給料泥棒。
どんどんどんどん蘇る。
咳き込むと頭に響く。
違う声が痛みに響くように湧いてくる。
あなたが生きてて喜ぶ人はいない。
みんなあなたを疎ましく思ってる。
周りから何言われてるのか知ってる?
ご両親も恥ずかしい思いしてるよ?
女が勉強なんてするからこうなるのよ。
いい気味、スカッとする〜。
これはどこまで実際に言われたことで、
どこまでがSNSでランダムに流れてきた言葉だろうか。
わからない、わからないまま時間が過ぎる。
ただの偶然だとわかっていても、ネットの罵倒が
自分に向けられた言葉のように感じてしまい、
でも目を離せなくてどんどん消耗してしまう。
体が動かない、頭も動かない、ただ寝てるだけの生活が
どのくらい過ぎたろう。
わからないしみっともない。
動けないのならそのまま何も口にしなければ
死んでいけるのに、水を飲んでる。
すぐに食べられる栄養補助食品を通販で頼んでいる。
生きる価値がないのに生きようとするなんて
浅ましいという自己嫌悪が後から後から湧いてくる。
涙を拭おうとして爪の先がピンク色になっている事に
気がついた。
天井ばっか見てるとしんどいよー。
少しでもかわいいもの見てよ。
はとこが昨日塗ってくれた。
塗った上にキラキラするラメやパールを付けてくれた。
ああ、そうだ。
親ですらここに置き去りにしたのに、
あの子は来てくれた。今も来てくれる。
まだ高校生なのに。
遊びも勉強もやりたい事沢山あって、
自分のことだけ考えていれば良い年頃なのに。
あの子が来るのは現実。自分で塗ったわけじゃない。
だって自分は不器用だ。
こんなに綺麗に爪を塗る事は出来ない。
塗った後にさらにラメやパールつけるなんて思いつかない。
私を思ってくれる人がいる。
心と心を通わそうとする人がいる。
忘れちゃ駄目だ。
布団の中で四つん這いになる。
周りを見る。
昨日はとこがゴミを捨ててくれたから
部屋の中は綺麗なものだ。
ガンガンする頭のまま部屋を這いずり
台所まで行き水を飲む。
風邪薬はない。
お腹に優しい食料もない。
まず、できることをしよう。
回らない頭で考える。
冷蔵庫には野菜ジュースが、入ってる。
それを持っていき布団に戻ろう。
冷蔵庫に目を向けた時、コンコン、とドアをノックする音がした。
続いてガサガサと何かをドアノブに引っ掛ける音と、
遠ざかり階段を降りる音。
なんだろう、とドアを開く。
掛けてあったビニル袋の中には
風邪薬とのど飴、それに数個のゼリー飲料とポカリ、
数個のみかん。そしてメモ帳の切れ端が入っていた。
隣の部屋の人間です。
仕事に行かなきゃ行けないので、
走り書きですみません、お大事に。
隣?隣って誰が住んでいたかしら?
全く知らない。
時計を見ると夕方だ。
この時間から仕事で出かけるということは
夜勤なのだろうか。
何かを考えると頭が痛い。
小さくビニール袋に頭を下げ、布団に戻る。
なんとなく、みかんを手に取った。
みかん。ずいぶん久しぶりに見た。
表面はひんやりしていて、少しざらざらしている。
お前に贅沢品を食べる資格なんてないよなあ?
誰かが頭の奥で怒鳴る。怖い。
みかんを畳の上に置き、風邪薬をポカリで流し込む。
本当は水の方が良いと思うが、
もう一度台所に行く気力がない。
飲んだところで気力が尽きた。
仰向けに布団に転がる。
チラリと爪が目に入る。
はとこの顔とメモ帳の切れ端が頭に浮かぶ。
ありがとう。
小さく呟き目を閉じた。
罵倒の声もない、何かから逃げることもない
深い眠りについたのは久しぶりのことだった。
何でもないフリ
体調が良くないので
何でもないフリは止めて
早く寝よう。
仲間
仲間さーんこれもお願いできますか?
「はーいわかりました!」
返事ははっきりと元気よく。
仲間、これも頼むわ。
「いつまでですか?明日でも間に合います?」
案件を複数抱えるときは締め切りを確認する。
仲間くんこれありがとう、助かったよ。
「はい、お役に立てて良かったです」
明るく、にこにこ笑って、
また仕事を任せても良い、
信頼できる奴という印象と空気を作る。
自分頑張ってる、とても頑張ってる。
え、あいつ今度の飲み会来んの?休んで良い?
お昼を食べようと思い休憩室に入ろうとしたが、
直前に固まってしまう。
誰のことだ?
そんなこと言っちゃ駄目っすよー。
気安い声は同じ課の同僚の声だ。
え?これ来週の飲み会の話?
あいついい奴じゃないすか。なんで嫌うんです?
いい奴過ぎて違和感あるんだよ。
いかにも作ってます!裏の顔は違います系の。
そっかー。
そこまで聞いて回れ右した。
背中に言葉が突き刺さる。
あいつの笑顔、嘘くさくて緊張するんだよ。
飲み会パスな。
その通りだ。
自分は笑顔を作ってる。
だって素でいると不機嫌そうと言われる。
普通に対応するとそんなに嫌なら断れと言われる。
仕事に集中してると怖いって言われる。
沢山失敗した。
仕事も何回も変わった。
だから今度は失敗したくない。
だから沢山練習した。
笑顔、受け答えのロールプレイ、声の大きさ。
チェック項目を作り網羅した。
でもやっぱり駄目なんだなあ。
ちょっと涙が出てくる。
お父さんお母さんごめんなさい。
二十歳を超え、父と初めて酒を飲んだとき
親の都合で転校ばかりさせて悪かったよ、と告げられた。
俺も母さんも転勤族だし、うちの苗字仲間だろう?
転校ばかりさせることになっちまうし、
いつも新しい場所で友達作るの大変だろうと思って、
名前はカズトです!
仲間の一人にいれてください!って
自己紹介ネタにできて友達作りやすくなる名前が良いと思ったんだ。
自分はあまり気にしてなかった。
父が仕込んだネタは鉄板で、
父の狙い通り転校先で打ち解けるのに役立った。
いじめられることもなかった。
挨拶程度の薄い人間関係でも気にしてなかった。
だから父がそんなに気にしてるなんて知らなかったし、
そんなこと気にしなくていいよ!
とその場は笑い話で終わった。
自分はまだ学生だった。
つまづいたのは社会人になってからだ。
学生時代にどこで遊んでたか、遊んでない。
流行っていたものは何か、やったことない。
ご当地あるあるネタ、知らない。
おすすめのお土産もわからない。
短い期間で転々としていたせいか、
学校の外で遊ぶ友達があまりできなかった。
地域ごとに流行りが違って馴染めなかった。
ご当地ネタ知らない。
住んでた地域の名店も知らない。
会話が出来ず、固まる時間が増えた。
これじゃ駄目だと沢山勉強してみたが、
勉強では駄目らしい。
鼻で笑われ、
本当の情報は本に載ってないもんだよ。
く、ち、こ、み!
そう言われて呆然とした。
そんなのどうすれば良いんだよ。
益々口が重くなり、怖いと言われ始めた。
今回も沢山練習したのになぁ。
お父さんお母さんごめんなさい。
また無職になりそうです。