いちさん(えいのーと)

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12/9/2024, 3:56:32 PM

手を繋いで


カンカンカンカン

アパートの階段を登る。
はとこの部屋は2階の一番奥だ。
持っている合鍵を鍵穴に差し込む。
まずいな、空いてる。
この辺の治安は世紀末ほどではないけど
良いわけじゃない。
鍵はかけるんだよ、といつも一声かけているけど、
鍵が空いている。



「まみちゃんはいるよー」


声をかけてからドアを開ける。
ドアはゴミ袋で開きづらい。
ゴミ箱の中身は殆どがシリアルやバランス栄養食、
プロテインバーの紙箱や袋だ。

はとこが調理した食事を部屋の中で
食べられなくなってから何年も経つ。
食べられなくても
なんとなく栄養のあるものを選んでいるのが彼女らしい。
ただ、量が多い。
できれば一度病院で検査を受けてほしい。


そんなに広くないキッチンを通り抜け、
六畳一間の部屋に入る。

はとこが万年床の上で座り込んでいた。
彼女の膝にはスマホがある。


「まみちゃん起きてた?」


はとこのそばに座り込み、顔を覗き込む。
うん、とはとこが頷く。

ここに彼女が住んでいると聞き出したのは半年前だ。
半年前、この部屋はゴミで溢れていた。
ゴミだらけの部屋の中で、ゴミに埋もれてはとこは寝ていた。


はとことは年が離れている。
小さい頃、お正月に本家で集まった時、
本家のお嬢さんをしていたのがはとこだ。

当時のはとこは大学生で、にこにこつやつやしていた。

他の親戚の男の子に持ってきた本を買って破かれて
こっそり泣いていた時、自分を探しにきてくれて、
泣き顔を見つけると抱きしめてくれた。
そっと手を繋いで自分の部屋に連れて行ってくれた。

そして出版社は違うけど、と同じ題名の本をくれた。


私はもう読まないから良かったら貰って頂戴?
私から貰ったって言えば意地悪されないから。

「女の子が本を読んでも良いのにね」

そう言ってもう一度抱きしめてくれた。



そんな優しかった人がゴミに埋もれて動けなくなっている。

はとこは祖父母に進学を大反対されていたが、
押し切って進学した。
会計士の資格を取り、会計事務所で働いていたと
聞いていた。


そこで、酷い目に遭ったらしい。


詳しいことは聞いていない。
ただ、本家の娘がこれでは体裁が悪いという理由で
このアパートに押し込めたのだという。



初めてアパートに来たとき、
ゴミに埋もれてはとこが息をしていないと思った。

救急車を呼ばなきゃ、とスマホを開いた時、
ゆうなちゃん?と声をかけられてスマホを落とした。


ゆうなちゃん、久しぶり。
こんな姿でごめんね。


涙を浮かべるはとこを見捨てるのはどうしても嫌だった。


まずゴミを捨てた。


嵩張ってるだけで重いものは入っていなかった。
ダンボールも捨てた。
散らばって山になっていたものを縛って捨てた。
資源ごみの日ではなかったので、
ゴミステーションを検索して捨てた。


沢山のゴミを捨てたらがらんどうの部屋ができた。
照明とカーテン、布団以外何もない。


台所に調理器具も皿もなく、テレビもなく、
当然化粧水や乳液も、
櫛も歯ブラシも歯磨き粉もなかった。
洗濯機も洗剤も、石鹸もシャンプーもなかった。
ギリギリトイレに紙はあった。



あるのは布団の隣にある、
ケーブルを挿しっぱなしにされたスマホだけだった。
スマホを繋いで、ネットで食料を買い、
それで生活していたらしい。 


はとこはひどい状態だった。


変よね、ネットにはなんでもあるのに、
お前は買うのを許されてないって言葉が頭に響くの。
お風呂に入ろうとすると誰かが責めてくるの。
そうすると、何も買えないの。体が動かなくなるの。
買ってそのまま食べられるものだけようやく買えるの。


変よね、私変よね。
お金はあるの。お給料は悪くなかったから。
カードも使えるの。
私はなんでも買えるはずなのに買えないの。
わかってるの。わかってるけど
どうしていいのかわからないの。


そう言って寝たまま涙ぐむはとこを見て、
スマホを貸してと頼んだ。
自分の言いなりにスマホを渡してくれた
はとこのスマホから、通販サイトを開く。

まず野菜ジュースをカートに入れる。
常温保存の牛乳パックもカートに入れる。
バックのやつなら飲んでそのまま捨てれば良い。
サプリメントと、お湯を注ぐだけのコーヒーやお茶も
カートに入れる。

紙コップをカートに入れる。紙皿も入れる。
使わないかもしれないけど、
ないと食べたいと思った時に諦めてしまうかもしれない。
本当はもっと良い食器を使ってほしいけど、
今のはとこにはすぐ捨てられるものがいい。

あと、綺麗なベットカバーとシーツ。
枕カバーを忘れるところだった。
あと、ナイトウェアを複数。
ふわもこの暖かいのもカートに入れた。
下着は5枚セットを2つ。
ブラつけられる感じじゃないから
バッド付きのキャミソールも5枚。
ハンドタオル、バスタオルも5枚。


外に出ておかしくない楽なワンピースを2枚。
Tシャツとカーディガンも似合いそうなものを選ぶ。
おっと、靴下もいる。
玄関を見たらスニーカーが1組あったので取り敢えずいらない。


洗濯機をカートに入れる。
本当は乾燥機付きのドラム式が欲しかったけど、
この部屋のスペース的に無理だ、残念。
今のネットすごい。保証つけるだけじゃなく
設置も手配してくれる。
当然洗剤も入れる。漂白剤と柔軟剤も入れる。


電子レンジとかはもっと動けるようになってから
はとこ好みのものを買えば良い。

今必要なものなんだろ?と悩みながら選びに選んで、
これはいらないかな、というものを削除して、
はとこにスマホの画面を見せた。


ねえ、これ買っていい?
まみちゃんが買うんじゃないよ。
私が欲しいの。
ねえ、買って?


カートに入れた商品の合計額は20万を超えていた。
彼女は言った。


良いわ。私の代わりにボタンを押して。



うん、と答えて決済をした。
それが半年前のことだった。



週に2回、彼女の様子を見に行く。
最初寝たままだった彼女は起き上がるようになっていた。

でも頭がまとまらないことが多いらしい。
何かをしようと頭でわかってても
体が動かないまま一日が終わることが多くて悩んでいた。


スマホをのぞいていても字がうまく読めないし、
動画の音も聞き取れないので、
画像だけ眺めているらしい。



いつもごめんね、ありがとう。
はとこは弱々しく笑った。


はとこの手を取ってぎゅっと握る。


「こんなことなんてことないよ」


はとこは自分にやさしかった。
本家の娘という立場で、自分をいつも守ってくれた。
こっそり悩み事を話すと真剣に聞いてくれた。
家族でも何も聞いてくれないのに、
このはとこだけは真剣に話を聞いて、
ゆうなちゃんはどうしたい?
やりたいことがあるならお手伝いするよ?
と手を握ってくれた。
おやつを作ってくれることもあった。
誕生日にギフトカードを送ってくれて、
好きなものを買ってね、
と手書きのカードが添えてあった。


ねえまみちゃん。


また、手を繋いで外を歩きたい。
まみちゃんの話を聞きたいし、自分も聞いてほしい。
変なことで笑って、にこにこして、
一緒に行ったことないとこに行きたい。
食べたことないもの食べたい。
バイトしてるからお金はあるんだよ、奢るよ。



ねえ、思い出して。
あなたがしてくれたこと。











12/8/2024, 10:24:00 AM

ありがとう、ごめんね

※土日祝はお休み

12/7/2024, 10:42:00 AM

部屋の片隅で

※土日祝はお休み

12/6/2024, 2:31:04 PM

逆さま




あ、やべぇ。
首元にタグがある。
Tシャツ裏表逆さまじゃん。
しかも前後ろも反対じゃん。


恥ずかしがったら余計恥ずかしい。
こういうファッションですが?キリッ!
という演技をしながら近くのコンビニで
漏れそうなんです、助けてくださいと泣きついて
トイレを貸してもらい着直した。


帰ってから悶絶したが、
それがどうして裏表逆さまなのに気付かないんだ
という点だったのか、
服を着直す程度のことで漏れそうと嘘の訴えを起こし
人としての尊厳をひとつなくした感じがしたからだったのかは自分でもわからなかった。





12/5/2024, 8:33:21 PM

眠れないほど



あ、お隣さんだ。


残業を終えて駅を降りたら隣に住んでるお兄さんの後ろ姿が見えた。

背中にリュック、機械っぽい何かのキーホルダーを付けている。
よくわからないけど、特撮系の何かだろうか。
右手には何か持っている。
多分、駅にあるうどん屋のお持ち帰りだ。

時間は21時を超えている。
今から晩御飯作るのも面倒だし
うどんにするかという気持ちはとてもよくわかる。


お互いお疲れさま〜。
今日金曜だし明日休みだよね。
今日は手軽に済ませてゆっくりしようよ。


今まで挨拶以上の関係を築いたことのない相手に、
一方的に思念を送る。


このままアパートまで一定の距離置いて帰る予定だったが、
相手が行動を変えた。
コンビニに入ったのだ。
え?と思いつい自分も入ってしまった。

そんなつもりなかったのにつけ回すような行動をしてしまい、
何をしているのか自問自答してしまう。

あれだよ、自分も明日のパンとかご褒美スイーツとか
買いたいんだよ。
自分が今コンビニに入る正当な理由を見つけ出し、
明日のパン何しようかな〜という顔で
さほど離れていない距離にいる
お隣さんをチラリと見る。

箸が見えた。やはり駅内にあるうどん屋だ。
お持ち帰り用のうどん弁当だ。

これお得で美味しいよね〜。

一人頭の中で会話しながら、朝食用のパンを選ぶ。
定番としてコーンマヨパンにした。
さてスイーツはなんにしようと棚を移動すると
お隣さんがお隣に来る。


何買うんだろ。

なんとなく気になって相手のカゴを見ると、
カット野菜とおつまみ用の厚切りベーコンを入れている。


???



頭の中が?で一杯になり一瞬思考が止まる。
カット野菜はわかる。サラダにするのだろう。
でもうどんにベーコン…。
謎だ。


一緒に食べるわけじゃないかもしれないじゃん。
ビールも買ってうどん食べた後に晩酌とかさあ。
あ、レジに行ってしまう。

お隣さんはカット野菜とベーコンだけ買っていた。
変な組み合わせだ。


お隣さんの買い物が気になって、スイーツを買うのを忘れてしまった。


風呂は良い。心の洗濯だ。

うどんにベーコンというモヤモヤを抱えながら
帰宅したことも忘れ、すうぇっとにきがえる。
夕飯は済ませてきたが明日は休みだ。
買い置きのビールとジャーキー袋を開ける。


プシュっと音を鳴らし缶を開け、
きゅっと半分くらい飲み干す。
あー美味い。今週も良く頑張った。

自分を労っていると、
お隣から驚きの音が聞こえてきた。


じゅーという何かを炒める音だ。


え?今日はうどんじゃないの?
え?疲れてるからテイクアウトしたんじゃないの?
え?物足りないから一品作るの?
うどんと天ぷらに炒め物プラスワンって重くない??


固まっていると、醤油をかけまわす良い匂いがしてきた。
料理ができたらしい。
コンロの火を消す音がして、少し後から
ずるずるっと何かを啜る音が聞こえてきた。


あー!と気がついた。
これ焼きうどんだ!

そっか!焼きうどんの具にするためにカット野菜とベーコン買ったんだ!




へー、と、感動してしまう。
自分はうどんを買ったらそのまま食べる。
バックを開けて、天ぷら乗せて、
つゆをかけまわしていただきますだ。
カット野菜はサラダとしてしか食べたことないし、
つまみはつまみとして食べる。



だってそれが正しいんだから。
お店でも推奨してる、一番美味しい食べ方だ。
だけど。


こういうアレンジもありなんだなあ…。


自分にはない発想だったので驚いた。



ビールを一口一口飲み進める。
合間にジャーキーを齧る。


お隣さんの生活音はビールを飲み終わる頃には
何かを洗う音に変わり、何かの解説動画の音が
聞こえはじめていた。


やることもないし、今日はもう寝るか。
ビール缶を片付け、余ったジャーキーをジップロックに入れる。


ベットに寝転がり、首元に毛布を被った時ふと気がついた。


ねえ!天ぷら食べてないよね??
どうすんの?明日天ぷらだけで食べるの?



でも時間経つと天ぷらってべしょっとしない??
明日食べたら美味しくないよ!
お店の人不味くなった天ぷら食べて欲しくないよ?悲しいよ??



気になって気になって。





夜も眠れないほどだった。








翌日の昼頃に、天ぷらを卵とじにするリメイク方法があると知った。
今度やってみようと心に決めた。






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