明日、もし晴れたら。
あの人に会えるかな。
知り合い、ではなく、ただ、晴れの日に見かけるだけの赤の他人だけれど。
誰かを待っている様子もなく、ただそこにいるだけのように見えるその人。
それがなんだか、気になって、そこを通る度に、あの人は今日はいるかな?なんて思うようになった。
そして気付いた。あの人がいるのは、決まって、晴れの日だと。
だから、雨が降った日には、会えないな、なんてガッカリもした。
よくも知らない相手にこんな風に思うのは、おかしいだろうけど…。
もし、明日晴れたら。
すこし、勇気を出して声をかけてみようかな。
誰かと長時間、共にするのは、どうも苦手だ。
別に、その人が嫌いというワケではない。
ただ、その時間。その空間でどう過ごせばいいか分からなくて、落ち着かない。
こんな奴と過ごさなくちゃならない相手に申し訳なくなるほどのコミュ障だという自覚は、ある。
一人なら、気兼ねなく過ごせる気楽さを知っている。
だから、一人でいたい。
彼女の、綺麗で澄んだ瞳には、もうなにも映らない。
冷たくなったその身体が、やけに現実離れしていた。
絶対に、僕よりも長生きするんだと、耳にタコが出来るほど言っていたのに。
それが、こんなにもあっさり、彼女の生が終わってしまうなんて。
「君も、納得できないだろう?…待っていて。君をこんな姿にさせた奴に、必ず報復してあげるから」
だから、と。彼女の顔に触れる。
「君のその眼、お守りにさせてもらうね…?」
猛暑が続く、この季節。
近所で祭り囃子や、花火が上がる音を、クーラーをガンガンに効かせた部屋の中で、ボンヤリと聞いている。
祭りと言えば、昔は屋台を回っては食べ歩きしていたことを思い出す。
屋台の食べ物は、いつもより食欲が刺激されるのは、どうしてだろう。
(焼きそばに、たこ焼き…
あぁ、じゃがバタも美味かったな…)
味が濃いものを食べるのが好きだった。
まぁ今は年食ったせいか、胃もたれしてしまうので、以前よりは控えてはいるが…。
「見るだけでも行ってみるか」
暑さで判断が鈍っているのか、誰に向かって言うでもなく呟いて、このクソ暑い夏の夜の街中へと足を踏み出した。
すぐ目の前に、迫りきている車。
自分は、信号無視はしていない…筈だ。
いや、もしかして気付いていなかっただけ?
しかし、その判断をするよりも先に、鈍い音が、行き交う雑踏の中に響いた。
ザワザワと、野次馬が現場を撮影する姿もあれば、救急車や警察に連絡しろと叫びながら、既に無意味な止血を懸命にするお人好しまで、様々な人間がそこに凝縮されているな…など他人事のように眺めている。
ふと、そこまで思ったところで気付く。
なんで、自分が自分を見下ろしてるのか、と。
これはいわゆる、幽体離脱というものだろうか?
それとも、死にきれないで未練が残って霊になっているのか…?
「やぁ」
「⁉」
急に、声をかけられ、驚く。
「そんなに驚かないでよ。ま、この神々しすぎる姿を見たら、無理もないけどね」
だいぶ、ナルシストみたいだ。
まぁ、確かに人間離れしてるというか…
「あー…その頭の上にあるのは…」
「この輪?神の証だけど?」
「あぁ…じゃぁ、やっぱりお迎え…」
「そんなわけないでしょ。お迎えは下級天使の役目で、神の役目じゃないし。ま、君は運がいいよ」
「死んだ人間に、"運がいい"はないだろ…」
「なに言ってんの。神様が目の前に現れただけでも、運がいいでしょ。人間の前に現れるなんて、数千年に一度だったりするんだよ?」
「はいはい…で、その貴重な数千年に一度の相手が俺なのは何で?」
「それは、ちょうど死人が出る情報があったから来たんだよ。やっぱり流石に生きてる人間を連れていくわけにはいかないしさ」
「サラッと怖ぇこと言うな…!連れてくってなんだよ…神様が人攫いか?」
「異世界転生ってやつ?死んでれば、魂だけで済むからさ。生きてると、身体ごと連れていかないとだから。色々面倒なんだよ?記憶操作とか手間だし」
「待て待て待て…!色々訊きたいがまず待て…!」
「なに?あ、とりあえず、転生先に送り出してからでもいい?」
「俺がいつ、転生させてもいいと言った⁉」
「え?でもそしないと君、このまま死んじゃうよ?」
「死か転生の二択なのかよ⁉」
「いや、転生一択でしょ?君、こんな死に方して終わってもいいの?」
「うっ…な、なら転生じゃなくても…普通にこの世界の俺を生き返らせ…」
「それでもいいけど…せっかくなら違う世界の方がよくない?君、この世界に執着する理由もないじゃん」
「なに言って…」
「僕が人間の前に現れる条件って、死んでれば誰にでもってわけじゃないよ。生きていた世界になにも執着はない人間を選んでるわけ。そうじゃなきゃ、誰彼構わず僕も死人が出る度に会いに行かないといけないでしょ。流石にそれは数が多すぎるからね。人の寿命って短いし。選別してるんだよ。これでも一応ね」
そして、この神様とやらは俺の話も聞かず、続ける。
「て、ことで。新たな世界で頑張ってね。バイバイ」
そう言って、消えた次の瞬間には、目の前に見慣れない景色が広がっていた。
「マジか…」
どうやら、本当に異世界転生ってやつをさせられたようだ。