あー。何を見ても同じに見える。
高額商品をたくさん並べられると、何が何だかわからない。
とても綺麗な女性が商品をアレコレ勧めてくる。
だが、私にはつまらない時間でしかない。
「うーん。じゃあ、それでいいわ」
私の隣にいた男性が、こちらをジロリと睨んだあと、大きなため息を吐いてから物申す。
「もっと真剣に選ぶ気はないのか?」
「正直、何見てもよくわからない」
「婚約指輪だぞ?」
お題『それでいい』
どれだけ遠くに逃げても、また見つかる。
この場所も2年で見つかった。
その前は1年。数ヶ月で見つかったこともある。
私の隠れ方が悪いのだろうか?
いや、探す方が優秀なのか?
私は犯罪を犯したわけではない。ただ、愛する人から逃げたかっただけ。逃げなくてはならなくなっただけ。
婚約者が現れたから、邪魔者は何もかも捨てて逃げただけなのに、なぜ探すの?
一つだけ願えるのなら、私に隠れなくて良い場所を与えて。
まだ、この世界にいたいから。
私は、行きつけのバーの扉を開けたまま固まった。
しまった、来る日を間違えた。
見つかる前に退散すべきなのに、驚きで足が動かない。
「早く座れ、扉が開いていると寒いじゃないか」
カウンターに座ったまま、こちらも確認せずに命令してくる。後頭部にも目があるんだろうか。
扉を閉めて、いつもの席ではなく、男から離れた席に座る。なけなしの抵抗だ。
カウンター担当のバーテンダーがオーダーをとりにきたので、キープしていたウイスキーのロックを頼む。
感じたくない視線を体全身で察知する。恐る恐る右に視線を動かすと、会いたくなかった男と目があった。
恐怖を感じさせる笑顔で見つめられたら、いつもの席に移動せざるを得なくなった。
座る前に、男に伝えなくてはならないことがあった。
「ごめんなさい」
男は不敵に笑うと、グラスを傾けた。
「別に怒っちゃいない。ただなぁ、次も理性が保つとは限らないよ」
私は、今日は一杯飲んだら帰ろう。と心に決めた。