私は、行きつけのバーの扉を開けたまま固まった。
しまった、来る日を間違えた。
見つかる前に退散すべきなのに、驚きで足が動かない。
「早く座れ、扉が開いていると寒いじゃないか」
カウンターに座ったまま、こちらも確認せずに命令してくる。後頭部にも目があるんだろうか。
扉を閉めて、いつもの席ではなく、男から離れた席に座る。なけなしの抵抗だ。
カウンター担当のバーテンダーがオーダーをとりにきたので、キープしていたウイスキーのロックを頼む。
感じたくない視線を体全身で察知する。恐る恐る右に視線を動かすと、会いたくなかった男と目があった。
恐怖を感じさせる笑顔で見つめられたら、いつもの席に移動せざるを得なくなった。
座る前に、男に伝えなくてはならないことがあった。
「ごめんなさい」
男は不敵に笑うと、グラスを傾けた。
「別に怒っちゃいない。ただなぁ、次も理性が保つとは限らないよ」
私は、今日は一杯飲んだら帰ろう。と心に決めた。
3/28/2024, 2:23:12 PM