変わらないものはない。
田んぼと古びたゲーセンしかなかった私の町は、
近くの山に大学が建ってから、ものの十数年で大通りにビルが立ち並んだ。
町並みが街並みへと変わってゆき、気づけばここに住まう人並みも変わっていった。
人の数は増えたが、ふと、あの頃を思い出すと、どこかもの寂しさを感じてしまう。
「へい、お待ち!」
だからせめて、この味だけは変わらないでいて欲しい。
冷めたコンビニの弁当。
いつもよりだいぶ濃いめのハイボール。
こいつを飲んで、さっさと今日とおさらばする。
玄関で山積みになった白いビニール袋。
子ども達が見たら、私をサンタクロースだと勘違いするだろうか。
せっかくの聖夜だというのに、
私のクリスマスの過ごし方は最悪だ。
喜びと、悲しみと、怒りと、一人ぼっちの寂しさと、
全てを乗り越えて、今俺はこの場所に立っている。
「三千二百円になりまーす」
「次は…玉だ」
鳴り響く着信をそっと消し、俺は再び戦場へと舞い戻る。
「今年の冬は一緒にホタテを食べたいな。君と」
そう言いながら男は私の前で跪くと、目の前で小さな箱をパカっと、まるでホタテの貝殻みたいに開いてみせる。
「えっ」
箱の中には大きな真珠のついた指輪が一つ。
おいおい…まさかとは思うが、これは_______
「僕と、結婚してください」
夕暮れの公園で、日課のランニングをしていた私は、突如人生最悪のハプニングに出会してしまう。
なんということだ。まさか人生初のプロポーズをこんな悲惨な形で迎えてしまうことになるなんて…。
今、目の前でしたり顔で跪いているこの男は恐らく、先日隣町のスーパーで、私が半額のホタテを譲った男だ。
男はあの時と同じ色褪せた汚いジーパンと、同じく色褪せて汚いパーカーを着ていた。
「この真珠は、あの時君に譲って貰ったホタテの中に入っていたんだ」
そんな訳あるか。
仮に真実だとしても、そんな物を婚姻指輪に使うな。
たかだか半額のホタテ如きで、ここまでの事をしてくる男の行動力と哀れさには恐れ入ったが、そのエネルギーをほんの少しでいいから、こんなクソみたいなプロポーズをされる私の気持ちに当てて貰いたかった。
それに今ここで断っても、何となくだが、今後もこの男はめげずに何度もプロポーズを仕掛けてくるような気がしてならない。
ならば、私もここで一発何か仕掛けなければ、後に取り返しのつかない事態を招く可能性がある。
そして私は、なるだけ最大限の笑顔を作り、男へ視線を向けた。
「ありがとうございます。気持ちは嬉しいんですけど…実はあの時、貴方にホタテを譲ったのは、別のものが食べたくなったからなんです。それは…」
「ヒキ肉でーーす!」
男はぽかんと口を開き、しばらくすると何処かへ去っていった。
何てことはない、
ただ、とりとめのない話をするだけの行為が、
対人関係を構築する上で結構大切だったりすることを、
もう少し早く知っていれば、また違った青春時代を送れたのかもしれない。