《お金より大事なもの》
万年筆が好きだ。
万年筆はお金で買うことができる。
万年筆で日記を書く。
1日の夜にその日のことを思い出しながら
つらつらと文字を並べる。
そこにはおかねでは買えない大事なものだけが
書き記されている。
バイクが好きだ。
バイクはお金で買うことができる。
バイクに乗って海を見に行く、山に入って
ワインディングを楽しむ、
コップ1杯のコーヒーを求めて
県境を超えてただひたすらに走る。
風を受け、照り盛る太陽のもとにさらされ、
落ち葉に危険を感じて、路面の氷に運転を諦める。
その一瞬一瞬はお金では買うことができない。
猫が好きだ。
無邪気に遊び、飼い主に甘える様子を
見ているだけでも癒される。
彼らにとっては
毎日が新しく、昨日は昨日。今日は今日。
人生の手本を見せつけられているようで
お金より大事なものを教えてもらっている。
日々のいとなみ。
今、こうして文字を打ちながら
お金より大事なものを探している。
そして気がつく。
お金で買うことができない大事なものを
体感するためには
お金は必要だということを。
《月夜》
満月に向かってピースサインするの。
その後、縁を切りたい人を思い浮かべて
ピースサインをハサミのようにチョキンって切る仕草をするの。
そしたら、縁が切れる
というおまじない。
幼い頃に読んだ雑誌に載ってた。
大切なことは何一つ覚えていないのに
こんなことは覚えている自分に時々びっくりする。
ほんとなのかな?
半信半疑だった。
少し明るい夜
ふと見上げると満月。
思い出した時にチョキン♪
ってするくらいだった。
ある日
切れた鎖のような、綱のようなものが
目の前にどさっと落ちてきた夢をみた。
その日を境にみるみると状況は変わった。
私は拒絶する勇気を持った。
関わることを避けることができるようになった。
今までの嫌な思い出を手放すことができるようになった。
すると
その縁とは
もう2度と交わることがないようになった。
もう、泣かなくていい。
もう、理不尽だとわめかなくていい。
だから、振り返る必要はないし、振り返ってはならない。
だから、歩き出していい。
そう。
勇気をもって
大きな一歩を踏み出したのだから。
《たまには》
たまには?
嘘やろ。
しょっちゅう洗濯したし、子どもも抱っこしたよ
買い物にも行ったな。
こんなん、いるん?似たようなんようさんもってるやろ?
って聞いたら
おまえ、めっちゃ怒っとったなぁ。
店であんな大声なんか出したらカッコ悪いから
もうそんなみっともないマネすんなよ?
スマホばっかり見てたのは
悪かったな。
部屋掃除してても出て行かんかったんは
少しでもお前のそばにおりたかったんやけど
まぁ、わからんわな。邪魔やったか?ははは。
おまえの話も
たくさん聞いてきたつもりやけどな。
一緒に金沢行ったんも楽しかったな。
いうても列車の中は
2人ともずーっと寝てたなぁ。
おもろかったよ。
おまえのおかげでな。
もう、俺の写真の前で泣くなや。
おまえの笑ってる顔が好きやったから、笑ってくれ。
怒らせてばっかりですまんかったな。
まぁ、そんな声はおまえには聞こえへんやろうけどな。
俺かって、たまには礼ぐらい
いわせてくれ。
ありがとうな。
《現実逃避》
現実から逃げたとしても。
逃げ切れるか?
いつも
孫悟空のように
どんなに遠くに行けたとしても
所詮、お釈迦さまの手の届く範囲で・・・。
この逸話を思い出す。
でもね
現実からは逃げることができないとしても
逃げている間、
「突破してやる」
「逃げ切ってやる」
溢れる気持ちと高揚感。
この高揚感こそが、現実逃避。
やめられないのよ。
だから、繰り返すのよ。
現実に
戻ってこれるうちが華なのよ。
戻ってくることができなくなったら?
そうね、夢で会いましょう。
《0からの》
毎日が苦痛でした。
ある日には
「あなたは、私以外と接する人間も少ないでしょうから、この職場でコロナワクチンを打つのは最後でいいわね?他の職員から優先的に接種してもらいますから」
と言われました。
自宅待機させてくれるかと思いきや
毎日出勤しなければなりませんでした。
また、ある日には
痩せた私を見ては、
「その腕、細すぎて血管が浮いてて気持ち悪い」と
言われました。
見せないように、アームカバーを着けていれば
「なにそれ、不潔」とあからさまに嫌な態度をとられました。
こんなことを言われるために
側にいるわけではないのに
心は拒みますが身体は抗うことはできませんでした。
感情も次第になくなり、気持ちの起伏は
少しずつ真綿で絡め取られていきます。
「あなたのことは、大事に思っているから」
疑心しかないのに
どこかでその一言にしがみついていたんだと思います。
どの口がそんなこと言うんだろう?
とこからその言葉が出るんだろう?
気になって仕方ありませんでした。
この日
彼女は
私のそばから立ち去り際に、床の段差に
つまづいて転びました。
倒れた彼女に馬乗りになりました。
そして
どの口がそんなこと言うんだろう?
とこからその言葉が出るんだろう?
口を開けやすいように両手で歯を持ってこじ開けました。
顎を外して、手を入れやすいようにして
右手を突っ込んでさがしました。
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「これが当時の、あなたの調書です。」
「何か、思い出すことはありませんか?」
「些細な事でも気になったら、看護師さんに伝えてください。」
と担当警部補達は帰っていきました。
・・・誰のこと、書いてあるんだろう?
担当警部補さんは
さも私が殺めた口ぶりだ。
このところ、毎日同じ事を質問される。
だけど、何も思い出せない。
《やっと他人になれたんだね。よかったね》
《こんな嫌な奴、0からやり直すこともないもんね》
何度も読まさせるけど、そう思う。
そう思う事を、看護師さんに伝えたほうがいいのかなぁ。