翔吾「なにやってんだ」
早苗「厨二病ごっこ」
翔吾「わずらってんな。で、そのポーズは?」
早苗「逃れられない呪縛」
翔吾「実は本当にわずらってるだろお前」
早苗「僕は運命から逃れられない呪いに縛られ拘束されている」
翔吾「似たような意味の言葉を羅列するんじゃねえよ」
──────
お題を見た瞬間にこれしか思い浮かばなかったの……。
ショーゴくんは最近、嫌な夢を見たことはあるかい?
そうか、ないのか。羨ましいな。僕は昨日……と、いっても今日か。嫌な夢を見てしまったんだ。
いや、なに。実につまらなくてくだらない、嫌な夢だよ。君がいなくなってしまう感じの……。
──いや、違う。もし、君と出会わなかっただろう世界の、続きのような夢だよ。
夢の中での僕は高校一年生で、でも制服は今着ているものとは違くて、友人は中学時代の人と今野同級生が混ざり合ってて、それで遅刻しそうだった。いつもなら君が迎えにきてくれるから、遅刻なんてするはずがないのに、夢の世界は君がいないから遅刻して「なんで起こしてくれなかったんだろう。でも誰に起こして貰いたかったんだっけ?」と、思いながら坂道をのぼるんだ。
その後は、授業でも昼休憩でも友達と話して、誰か隣にいたはずなのに、誰かがいない気がする。おかしいと思いながら、過ごしてるんだ。そんな、君がいない夢だった。君のことが全く思い出せない夢だった。目が覚めてほっとした。
なあ、ショーゴくん。今日……いや、明日の夢には僕に会いにきてくれるかい? ちゃんと僕と出会って、話をしてくれるかい?
……そうか。なら、昨日? の夢にさよならして、明日? と、安心して出会えるかな。
早苗「喉かわいた~。何かないかい?」
翔吾「ただの透明な水ならある」
早苗「ただの透明な水。緑か茶色にならないかな?」
翔吾「ならない」
早苗「ならないのか」
高宮早苗は理想が高い。
理想、というより、最低限が高いのだ。彼女は「これくらいならできて当然だよね」みたいなことを平然といってしまう時がある。
勉強も、運動も、自分の生活に関することは何にもでも。とにかく、最低限できることへの理想が高い。そして、できないことがあるといじける。いじけてできるようになるまでやる。華奢な体で無理をして、倒れてしまうことも、熱を出してすることもあるというのに。
いや、そうなってしまうからこそ、できることを多くしようとするのかもしれない。最低限これだけはやっておこうになるのだろう。そしてその結果、理想が高くなった。そういう経緯があるのかもしれない。
だとしたら、早苗のその行動はあまりにしも必死すぎる。健気とも取れる。
だが、宮川翔吾から取ってみれば、その健気さは、抑えておいて欲しいと思う時がある。
例えばそう、今のように台風で風が強い中外に出ようとしているところとか。
「この僕が風に負けるなんてことあると思うかい?」
「普通にあるからやめとけ」
急に電話がかかってきたかと思うと、そんなことを宣う早苗に、翔吾は眉間に皺を寄せながら制止するよう呼びかける。が、しかし、電話越しなのでどこまで止められるかわからない。これが会っている状態ならひっつかまえてでもとめるのだが、目の前にあるのは自室の窓で、ビュゥ、と音を立てて吹き荒む風が吹いている。そして今どこかの家のタオルがとんでいった。早苗の姿はない(住んでいるところが違うから当たり前だ)。
「いいか、絶対出るなよ。出たら絶交だからな」
「小学生みたいなおどしだなあ」
「台風の日に外に出ようとするまんまガキみたいなやつに言われたくない」
「いや、いや。僕にはちゃんと考えがある。そもそも、小学生の頃に比べて今の方が体重はあるんだぞ。ちょっとやそっとでとんでいくようなことはないだろう」
「どんだけ強い風が吹いているか見たか?」
「見えているとも。なんなら写真でも送りつけようか?」
もう売り言葉に買い言葉みたいな感じで一つもお話にならない。早苗は絶対に風に負けることはないから外に出ると言い張り、翔吾はさすがにそれは無理だろうと反論を繰り返す。だがどうにも二人の考えは、平行線をたどるしかなく、折り合いがなかなかつけられそうにない。
そしてとうとう翔吾の説得はむなしく終わり、早苗は家の外に出てしまった。らしい。
電話で早苗が実況し始めた。
「すごい。すごい風だ。むべ山風を嵐といふらむ……」
「百人一首を詠んでいるひまがあったら戻れ」
「いや、いけるところまで僕は行くぞ。そう、目的地は君の家だ」
「なんで俺の家なんだよ」
すでに関門は一つ突破された。次はこの石も小枝もバケツもとんでいく危険極まりない道である。電話越しに聞こえる声は、風の音でほとんどかきけされた。今どんな目に会っているのか翔吾の気はしれない。そしてどうしてうちに来るのか。一つも理由がわからなかった。
「なぜって、この前ショーゴくんに貸す予定だった参考書を渡しにいきたいからだよ。君この前古典で何かいい参考書や問題集はないかって言っていたじゃないか。模試も近いから今日までに届けないと君が困るだろう?」
そう聞いて、ため息が漏れた。
確かに試験は近い。学校が爆発するなり何か起きない限りは土曜日に模擬試験がひらかれるはずだ。古典にあまり自信のない翔吾は少しでも勉強したいとは思っていた。そこで古典が好きで成績の良い早苗に参考書か問題集のような、古典の勉強になるものはないかと聞いた。
いくつか翔吾くんが好きそうなのがあるから持ってくるよ。
なんて話をしていたのが金曜日。そして今日が日曜日。次の土曜日は約一週間くらいだ。そう思うと早めに渡しておきたいと思う気持ちはわからなくはない。
でもそれはこんな風の強い日にわざわざ出るほどのことかと聞かれたら、首を横に振らざるを得ない。そこまでしなくていい。そんなことのためにこんな状況で外に出るんじゃないと声に出して言いたかった。半ば声に出していたが。
「いや、でも、これくらいの風なら傘さえ刺さなければ大丈夫だと思うし、僕も君の家にいって話がしたいし、まずこの風の日に出るのはすごいワクワクしているというか、面白そうだと思ってだな……」
「……面白そうが本音だろうが」
「あはは。バレたか」
「……わかったよ。お前が外に出たかったのは。でも古典の参考書は濡れて使い物にならなくなる可能性があるからそっこー帰れ」
「でもそれだと君が勉強できなくないか?」
「電話口でお前が教えろ。それなら良いだろ」
「──ショーゴくん、それは教えてもらう人の態度ではないと思うんだが、どう思うんだい?」
「頼む。電話で俺に古典を教えてくれ」
その言葉を聞いて電話の向こうから「うん」という声が聞こえてきた。風の音が急にやみ、はっきりとした早苗の声が聞こえてくる。
「それなら僕に任せたまえ! 君が古典が大好きだって言うようにしてみせよう」
楽しそうに弾んだ声。それを聞いて翔吾はほっと、小さく息をついたのだった。
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途中からお題に沿った内容じゃなくなったような気がしますが、気にしてはいけない。
早苗「担任が急に失踪したらしいんだが、ショーゴくん何か知っているかね?」
翔吾「なんか家庭の事情ってやつらしい」
早苗「家庭の事情かあ。それなら仕方ない」
翔吾「さみしいのか?」
早苗「そりゃあね。あの怒声が今日からもう聞こえないって思うと、やっぱり物足りないと感じるよ」