うちの親は古い田舎の人だし経済的な事もあって、子供の頃からいろんなことを諦めてきた。どうせ才能ないし、やっても無駄だしと、「最初から決まっていた」と自分に言い聞かせていた。そんなふうに逃げていたから、なんかもう、それが楽だと思うようになったんだよね。そうやってへらへらと生きてきたから結局私は何にもなれなかった。
色々と押さえ込んで普通を装って、このまま死んでも悪くないかも、なんてね。
でも今になって、最初から決まっていたことに抗いたくなった。やっぱり何かを残したいと思うようになった。
今、暗中模索している。
そのホームランは、まるで太陽だった。
‥‥
今季、チームは下位に低迷していた。
怪我人も多く負けが込み、今月はまだ1勝しかしていない状態だった。
決して誰も諦めてはいない。
諦めてはいないが、そこに漂う空気感は去年までのものとは少し異なっている様にも感じていた。
しかし今日は違った。
0-0で迎えた2回、走者を1塁に置いて次の打者が放った打球は、まるで闇を振り祓うかのように美しい弾道を描いてライトスタンドの上段へと吸い込まれていった。
それは光だった。
このホームランがもたらしたものは2得点だけではない。
チームと、そして応援をするファンの心に熱と希望と栄養を照らしつけたのだった。
…
(このホームランからしか得られない栄養素があるんです!)
人生の終わりに鐘の音が聴こえるのだとしたら、パレードの始まりの様な音色がいいです。
つまらない事やくだらない事でも話し合ったり笑い合ったりしていた。
二人の星を探しに行く旅をしよう、なんて言いながら過ごす日々がすごく楽しかった。
なんか、ふわふわしていた。
私は世間に適合する方法がわからなくて置いてけぼりを食らっているような気がしていたけど、それでも歳を重ねる毎に、つまらない事やくだらない事を重ねて重ねて積み重ねていくうちに、普通を装ってひっそりと生きる事を覚えた。
普通を装う事は、武装だ。
外に出る時は、武装が必要だ。
「もっと楽に生きたらいいのにね」
あぁ。本当に。
あの頃のように丸腰で、ふわふわとしていたいよね。
そして何処か遠くにあるかもしれない二人の星に想いを馳せる。
以前、手術をするために入院したことがある。
といってもそんなに深刻なものでもなかったし、入院も10日間位だし、周りは年配の人ばかりだけど仲良くなる必要もないし、暇だけど本でも読んでいればいいかと、大袈裟にはしたくなかったので家族や親族には気楽な感じて伝えていた。でもやっぱり不安だった。
そして当日の朝、「あなたも今日、手術するの?」と、私より少し年上っぽい女性に声をかけられた。なんでもその彼女もこれから手術らしくて、でも不安だからと私に声をかけたらしい。そうなんですよ〜と軽い会話をして、お互い頑張ろうねと別れた。
彼女とたった数分の会話だったけど、なんだか楽になった気がした。
退院する前、たまたま彼女の病室を見つけたので少し話をした。無事に終わって良かったね。
そして別れた。
それっきりなんだけどね、でもあの時声をかけてもらって嬉しかった。
今も何処かで元気に暮らしているのかな、なんて時々思う。