枯葉
私は枯葉がだいすき。
今まで見上げていたものが手元にくるだけで、
こんなにも親近感が湧くんだもの。
触れるだけでぱらぱら崩れちゃうくらい脆いけど、
なんだか私と似ていてそこも愛らしい。
今日にさよなら
締切を守るのは苦手。勉強なんてもってのほか。
だからいつも私は明日の自分に任せてしまう。
今日の自分も明日の自分も結局は同じだと言うのに。
けれどやっぱり明日の自分は頼もしい。
だって今日の自分より何倍もの時間を持ってるんだもの
だから
残り少ない今日にさよならして、
そんな頼もしい明日に任せることにする。
お気に入り
自分のお気に入りはなぜか友達には共感されない。
かばんにつけているぬいぐるみも、
私から見れば、どんなものよりも断然可愛く見えるのだが、他者からみれば不細工らしい。
けれど不細工と言われても悲しいとは思わない。
きっとこれが自己満足の世界なのだろう。
誰になんと言われようと曲げないもの、
というか「曲げることのできないもの」だ。
それが多分、「お気に入り」というものなのだろう。
誰よりも
私は誰よりも「気にする」性格だ。
周りの目も自分の目も。
自分受けで生きようとすれば周りの目が気になって、
みんなに気に入られようとすれば
「私はこれでいいのか?」と突然迷子になる。
正直めんどくさい。
誰よりも私が私をわかっている自信があるのに、
なぜか自分の好みも苦手もわからなくなる。
一体どうしたらいいのだ。
これじゃあ先が思いやられる。
自分受けも他人受けも実現できないものなのか。
誰よりも自由に生きれないものなのか。
10年後の私から届いた手紙
16歳の私はひねくれている。
完璧を求めては勝手に堕ちていくただの愚か者だ。
何がなんでも1番でないといけない。
それ相応の努力を惜しまない人なら構わないが、
それが辛さに変化する人間にはデバフでしかない。
貴方は圧倒的後者だ。
自分でもわかっているだろう。
どれだけ世間が厳しいか。
成長すればするほど欠点は見えてくるものだ。
周りは全てを持っている気がして、
自分にはひとつもないように思える。
言ってしまえばその感覚は正しい。
自分にないものを持った人は周りに必ずいる。
それを「救い」と取るか「敵」と取るかは自由だ。
どうせ最後に待つのは「死」なのだから、
自由に生きてみればいい。