冬空、夜の公園。
僕は、あんまんをかじって、三日月を作ろうとした。
空に掲げて2人で「一緒だね」って。でも。
姉ちゃんは泣きそうな、でも、嬉しそうな昔と変わらないそのままで笑っていた。
「散歩行こう。」
夜中1時半すぎ。
隣で寝ていた僕に優しくそう声をかけ、ガバッと布団を引っペがした。
声色と行動の乖離が凄まじい姉ちゃん。
今日は両親ともに出張で家に帰ってこない。
「眠いんだけど。」
「外出れば目ェ覚めっから。」
姉ちゃんは僕を雪だるまのように仕立て上げ、玄関へ押しやった。
ご丁寧に靴まで履かせてくれて、幼い時の一瞬がよみがえる。
外は音もなく、空気は凛としている。
遠くの空は、高速道路や空港の照明で明るくなっていて、いかにも都会らしいと姉ちゃんは言った。
地方へ進学し、移住し、戻ってきた姉ちゃんには映し出される夜の景色が複数あるのだろう。
しばらく歩くと姉ちゃんは、ワイヤレスのイヤホンを取り出し、片方を僕に差し出す。
曲名も歌手も知らないが、ギターの旋律が心地よかった。
―どこまでも広がる星空の向こう側に新しい未来の夜明けが待ってる。
僕はこの歌詞を捕まえて、反芻した。
濃紺の空に歌詞が踊っているように見えた。
コンビニの灯りが大きくなり、吸い込まれるように姉ちゃんと僕は入っていく。
姉ちゃんは缶コーヒーを手にする。
僕は空腹に気づき、レジ横のあんまんを選んだ。
誰もいない公園。ベンチ。
寒いからか、姉ちゃんは僕の横にキュッとくっつく。
「月が、綺麗だね。」
姉ちゃんは空を見て言った。
「…言う相手間違えてるよ。」
「素直にそうだねとか言っとけばいいんだよ。」
姉ちゃんはそっと、僕の上着のポケットに手を突っ込む。そして、こしょこしょとくすぐってくる。
僕は耐えきれず、ブハッと笑う。
半分くらいまで食べていたあんまんを姉ちゃんはガブリと食べていく。
「あ!」
姉ちゃんに三日月型に整えて見せようとしていたのに。
悪戯な顔で姉ちゃんはニヤッとした。
「おいしいね。」
「うん。おいしい。」
「あんたは、優しいからさぁ、…」
「…優しいからなんだよう。」
「優しいから、さぁ、…」
姉ちゃんがどんな顔をしているのか、ハッキリとはわからない。
小さな体を震わせているのは、寒いからなのか。
「明日もきっと、月は綺麗だね。」
僕が言ってあげられるのはそれだけなんだ。
姉ちゃん。
「カミナリ、怖い。」
青白い顔でそう言った姉ちゃんが、とても小さく見えた。
いや、実際、身長は150cm。僕より10歳上、でも、20cmほど小さい。
「怖くないよ。子どもじゃないんだから。」
「同じ布団で寝てもいい?」
「…えぇ。」
「ひとりは嫌。」
「いいけど…。」
シングルベッドに僕と姉ちゃん。
「電気消すよ?」
「…」
大学を中退してウチに帰ってきたのは、先週のことだ。
両親は激怒。そりゃあ、なんの相談無しに医学部を中退するなんて、怒るわなぁと。
何があったのかなんて聞けない。聞いちゃいけないと勝手に思っている。
とても偉大で、いつも僕の目標だった姉ちゃん。
でも、そこには今までのような明るさはなく、ただ何かに怯えているようだった。
「ねぇ、…ギューってして。」
「…うん。」
僕は姉ちゃんのご要望通り、ギュッと抱き寄せる。
「ドキドキ、する?」
「…ちょっとね。」
「あんたが産まれたとき、抱っこしたの覚えてる。お母さんになった気分だった。ほろほろと壊れてしまいそうな赤ちゃんだった弟に、こうやって抱っこしてもらうのもいいね。」
背中がムズムズした。それと同時に、何だかよく分からない、幸福感で胸がいっぱいになった。
そして、姉ちゃんは手で顔を覆い、僕の胸の中でしくしくと泣き始めた。
「姉ちゃんにこのくらいのことしかできないけど、ずっと味方だからね。」
カミナリと強くなる雨音にかき消されていたかもしれない。
ひどく傷ついて帰ってきた姉ちゃんを強く抱きしめた。