『もしも過去へと行けるなら』
「もしも過去に行けるとしたら、どうする?」
幼なじみの菜々美。彼女の口から飛び出す言葉はいつも突拍子もない。
今だって、カフェで優雅にお茶しようと言ってコーヒーを口に含んだばかりだというのに。
「何、いきなり。そんなこと聞いてどうするの。」
「いや〜、昨日テレビで見たんだけど、莉子ならどうするかなって思って。あ、私は今をenjoyしたいから、行けるとしても行かない!」
「ふーん。やり直したいこととか無いんだ。」
「あるけど、やり直したら今の莉子との楽しい時間も変わっちゃいそうで怖くて。」
そんなことを言われたら、彼女のことを好きにならずには居られないだろう。
「私も、タイムスリップは間に合ってるかな。」
「莉子も私とのJK生活楽しんでくれてるんだ。良かった〜。」
コーヒーを飲み直し、笑顔の菜々美を前にする。
(この笑顔を、守れたんだ。もう、タイムスリップなんて、ウンザリ。)
「タイムスリップなんてするもんじゃないよ。」
呟きは、彼女の耳には届かない。
あの夜、世界の主人公はきっと、君と僕だった。
眠れないと言って外の空気を吸いに出た深夜0時。
庭に佇む人影を見た気がした。
夜の静けさに月の眼差し、全てをその身に集めた君は
眠れぬ僕を夢の世界へ引き込んだ。
「誰も私に会いに来ないと思っていたのに。幸運な人。」
君は月の光を受け、子供のいたずらをしょうがなく許す母のような顔を見せた。
「こんな時間に女性が一人で…、何のご用ですか。」
「目を覚ました場所が、たまたま此処だったのです。」
今思えば、もっとましな言い訳は無いのかと文句の一つでも飛び出すが、あの日は君の輝きに狂わされたのだろう。
納得してしまう自分がいた。
「この月を見れるのもあとわずかなのです。良ければご一緒してくださいませんか?」
少しして、彼女をじっくり観察する余裕ができた。長い黒髪に白いワンピース、整った顔立ち。ただでさえ美人な彼女は、月の祝福を受け、光輝いていた。
「あなたは一体…」
「今晩生を受け、夜明け前に消えゆく者です。」
彼女の言っていることはよく分からなかった。
「次はいつ月を見れるか、分からないのです。もうこのような機会は訪れないかもしれない。」
「…あなたのことは分かりませんが、僕にできることは、何かありませんか?もう一度くらいあなたに会ってみたいです。」
僕は恋をしたのかもしれない。この短時間で、この人に。
「あなたが大切にしてくれれば、もう一度月に会えるかも。もちろん、あなたにも。……そろそろ夜明けですね。」
「それじゃあ、幸運な人、またいつか。会える日が来ることを祈っています。」
僕はそこから意識を失い、気付けば庭で母に揺さぶられ、
家族全員に顔を覗き込まれていた。
何とかごまかして、僕はふと彼女のいた場所を見つめた。
植木鉢に、萎れて下を向いた花を持つ植物が植えてある。
「あら、その花昨日咲いたの!?」
驚く母の声。この植物、確かに昨日の昼ごろは花なんて付けていなかった。
「この花、名前は?」
「この花はね、月下美人って言って次にいつ咲くか分からないの。それに、咲くのは夜だけだし、夜明け前には萎んじゃうの。ここに植えてる月下美人は、今まで一度も咲いたことが無かったのよ。見たかったなあ。」
月下美人。
まるで彼女を表した名をもつその花に、待っている彼女に、月と僕の顔を再び見せよう。
密かな決意と祈りが、あの夜の主人公を包む。