お金より大事なもの……
ないわ。大抵のものはお金で買えてしまうから。
小さなボタンから誰かの内臓までお金を介して取引できてしまうから。
貴方が誰かのものになる前に貴方の心も買ってしまえばよかったのかしら。いや、こんな大量の紙切れと貴方を引き換えになんて出来るはずがないわ。
お金より大事なもの……
あるわ。こんな紙切れが何にも代え難い価値を持つこの世界で、『こんな紙切れで買えるはずがない』とお金にも代え難い価値を感じさせるものよ。
手にしてしまえば誰も私の手から買い取れませんわ。
あの日は、可惜夜とでも言おうか。
誰にも見つからないようにそっと寝台を抜け出して、
彼の傷の手当をしていたんだ。
彼がふと空を見て
「この月は何色をしている?」と問うた。
目は見えているはずなのに。
なぜそう問われたのか、分からなかった。
『綺麗な色をしています』
だが、何も聞かずそう答えた。
疑問に答えるように彼は話した。
「母様が亡くなって父様が変わり始めた日から、私の目から、心から…色がなくなった。君が綺麗という虹も桜もしゃぼん玉も…この月も、何色か分からなくなった。」
『……』
「おかしな言い方になるが、私の目になってくれ。君が心から綺麗だと思うものを教えてほしい。私の世界に色が戻ってくるその瞬間、隣には君がいてほしいんだ。」
言葉に驚く暇もなく、彼に接吻をされた。思えばあれが初めての接吻だった。
――新月だった。
彼は突如この家から消えた。生死はまだ分かっていない。
『…貴方のおかげで私も分からなくなりました。』
虹も桜もしゃぼん玉も…この月も、貴方が隣にいないからまるで綺麗と思えない。
貴方は今どこで何を見ているの?
隣にいろと言ったきりで私を置いていくなんて許せない。せめて死んではいるな。貴方の死に顔を見るのは私だ。必ず見つけてやる。見つけて世界に色がついた瞬間、あの日よりもずっと愛のこもった接吻をしてやる。落ちる涙と強かな決意を池に浮かぶ満月が受けとめた。
あいつは友達ではない
ただお互いの傷を笑い合えるというだけ
辛い、苦しい、痛い、逃げたい、辞めたい
でも、全てを終わらせたいと思わないのは
きっと、苦しさだけで繋いでいる絆にまだ縋っていたいからなんだろうな
あいつはそう思うのかな
ひなまつりの日ってちょっと変。
端午の節句とかこどもの日とかなら分かるけどみんなひなまつりの日って呼んでる。なんでも漢字とか使って難しくするんだと思ってたらかわいい名前の日もあるんだと少し関心を持っていた。
調べたら今日は桃の節句らしい。桃は可愛いけどひなまつりの日よりかは可愛くないかも。
拝啓 今日もこちらは晴れすぎて暑苦しいです。そちらは寒いのかしら。
そちらはとても楽しそうですね。
そちらからこちらはどう見えているのでしょうか。
最近、金髪ブロンドの彼女と仲がよろしいようですね。
彼女、バレエを嗜めるくらい経済力があってスタイル抜群で容姿端麗、おまけに聡明で美的センスも素晴らしい方。
だから貴方なんかじゃ釣り合いません。私みたいな黒髪肌荒れOLの方がお似合いです。
ところで貴方は、交際して結婚も視野に考えている大切な人が突然何の連絡もよこさずに行方をくらまして、調べたら西洋に飛んで自分とは程遠い金髪の美丈夫と仲睦まじく…なんてことを知ったらどう思いますか?どうも思わないでしょうね。貴方のことだから。
遠くの街へ飛び立った貴方をどうこうする気も起きません。無駄に背伸びをして金髪ブロンド美女と一緒になる貴方になんて未練もないし魅力も感じません。むしろ、貴方と結婚を少しでも考えた私が愚かでした。
せめて、のうのうとこちらへ帰って来ずそのままそちら特有の寒さで凍りついて死んでください。芯まで腐った骨は今もベッドにいるであろう私より何もかも相性の良い彼女にでも拾ってもらってください。
敬具