「入道雲」
騒がしい蝉の声。
ゆらゆらと揺れる陽炎。
空には大きな入道雲。
夏を感じるには十分すぎる役者たち。
日暮れが近づくと、大きな入道雲は私たちの真上に移動している。
そして大きな音をたてて雨を降らす。
ゴロゴロと雷も鳴り始める。
すると、騒がしかった蝉の声はかき消され、ゆらゆらと揺れる陽炎はどこかに消えていった。
入道雲はどんなものよりも夏を感じさせる。
それは、風情と恐怖を私たちに運んでくるのだ。
【好きな色】
「この世界は灰色だよ。」疲れた顔をした人がそう言った。
「この世界は本当に鮮やかだよ。」笑顔でどこか明るい雰囲気の人がそう言った。
彼等の生きる世界は同じだ。
「この世界は薄汚れてる。真っ赤な世界さ。」爆発音が鳴り響く中でその人は言った。
「この世界はカネだよ。金色の世界だ。」高級品に囲まれた人が言った。
誰もがこの世界を好きな色で見ることは出来ない。
望まない色に染まった彼等は、どんな色を望むのだろうか。
【狭い部屋】
ただでさえ狭い部屋には、まだ開けていない段ボールが積まれている。床には食べ終えたカップ麺の容器が置いてある。
狭い部屋がさらに狭くなる。しかし、そんなことを彼は気になどしていなかった。
部屋には彼の声とパソコンの音が響いていた。
彼はネット上で人気の人であった。
私は狭い部屋から羽ばたいているかれを見ていた。
しだいに私はワクワクとした気持ちを覚えていた。
【ただ、必死に逃げる私。何かから逃げるように。】
暗い過去から逃げる。
迫るそれとは別に
行く道はなかなか広がらない。
【ごめんね】
私は謝ってばかりいる母が嫌だった。
どうして言い返さないのって思ってた。
悪いのは相手なのに。
そんな母が今は病院のベッドにいる。
それでも母は親戚に、職場の人に、そして私に謝っている。
「なんでそんなに謝ってばかりいるの。」
そう私が聞いた時、母は少し寂しそうな顔をしながら答えた。
「私はね。謝るだけであなた達が平和に暮らせるのならそれで構わないわ。だけどね。謝るだけじゃないのよ。ちゃんとありがとうって言ってるの。私にとって、謝ることと感謝することは世の中を平和に生きるための魔法の言葉なのよ。」
この言葉を聞いた時、私は初めて母の苦労を知ったように思う。
「今までごめんね。」
私は泣きながらそう言うと
「あなたがいてくれたから頑張れたのよ。ありがとうね。」
と母は私の手を握りながらそう言った。