いつか、手を離す時が来るなら
いつか、突き放す日が来るなら
いつか、いつか血みどろになりながら
向かい合い、泣く日が来るなら
優しくしないでほしかったなぁ
愛さないでほしかったなぁ
だって、優しくされたら
不器用でも愛があることを知っていたら
嫌いになれないじゃないか
どうして、右手で愛を示しながら
左手で人を刺せるのだろう
どうして、脆すぎるほど優しいのに
あなたに触れると傷つくのだろう
どうして、私に縋り付くその手で
差し伸べる私の手を振り払うのだろう
どうして、愛しているくせに
まともな愛をくれなかったのだろう
愛されたから、
今も愛されていると確信できるから
憎みたいのに
愛しくて
恨みたいのに
哀れんで
嫌いたいのに
大好きで
罵りたいのに、
本当は、家族のままでいたかった
私の心、ミキサーにかけたみたいに
ぐっちゃぐちゃだ
どろどろの怨嗟の声と
寂しい子どもの泣き声が
ずっとずっと鳴り止まない
どうしたらよかったんだろう、と
考えて考えて、人に聞きもして
でも結局、どうにもならなかったと
その答えばかり
そして今も夢に見る
あなたの夢を
まことの悪夢であるように
あなたがこの世を去る日を恐れている
私の心があらわになる日を
その日はきっと遠くない
私がその前に逝かなければ
最後に貰ったネックレス
仔猫のペンダントトップのネックレス
私の趣味じゃない、でも可愛らしいネックレス
見る度思い出す度にあなたの姿が脳裏に浮かぶ
どうしようもない感情が湧くのに捨てられない
ああ本当に、心の底から憎めたら良かったのに
「優しくしないで」
バチバチと光る
視界はカラフル
ひかりが消えた
意識が落ちゆく
刹那光の万華鏡
「カラフル」
楽園へゆきたい
こんな地獄
抜け出して
肉を脱ぎ捨て
楽園へ
ああだけど
私の足をぎゅうと握って
離してくれないあなたがいる
ゆき先が違うから
一緒には行けないの
共にあるには
ここにいるしか道はないの
あなたをおいてゆけない
私が言うの
本当にいいの、と
楽園へゆきたい
楽園に行きたい
ああ、
ここを楽園だと思えたら良かったのに
「楽園」
びょうびょうと風のふく
高原に立っている
太陽は中天をやや過ぎて
光が少しばかり陰り始めていた
まばらに草の生えた岩場に立ち
見下ろす景色はにぶく頭を揺らすよう
笛のような鷹の声が遠くから聞こえる
うつくしい狩人の歌だ
一際強い風がふいた
バサバサと揺れる髪を何とか押さえつけて
視界を確保しようとする
大風の兄さんよ、手加減しておくれ
自慢の黒髪がこれじゃあ形無しだ
暫くなすすべもなく
風になぶられて
ふっと凪
次いでまた強風
まるで風が踊っているかのようだ
その風が私に囁く
これ迄に乗せてきた音を、命を、景色を
目を閉じてそのおしゃべりに耳を傾けた
肺に潜り込んでは出ていくそれが、
くらりとするほど気持ちが良い
彼らは私の髪が好きみたいだ
いつの間にか髪飾りを付けられていた
ああ、日が暮れる
惜しい事だ
帰路に着く間考える
この命の飾りに寝床を与えれば
どんな花が咲くのだろうかと
もしもうまく花が咲いたなら
きれいにドライフラワーにして
ガラスに閉じ込めて簪にしよう
しゃらしゃらと揺れる飾りもつけて
そして、また見せに行こう
きっとあの時の彼ではないけれど
彼らは私の言葉を乗せて、
彼の風まで届けてくれるだろうから
「風に乗って」
ガタガタとトランクケースを転がしながら、駅の中を歩く。良い品だし、未だにきちんと使えるのだから文句なんて言えないけど、でも言う。心の中で言う。重いです。それはもう。
このカバン、革張りでしっかりとした作りだから重いのだ。しかも元々船用なのに祖父があとからキャスターを付けたから尚更。流行りものに弱いからね、日本人はね。でもおじいちゃん、多分キャスター要らなかったよこれ……。
ぶつぶつと心の中で文句を言いながら、目的の列車が出るホームをキョロキョロ探す。もうそろそろ正月休みが終わるから、大学がある首都まで戻るのだ。
私の生まれたのは、山々に囲まれた自然溢れる歴史ある町だ。こういうとすてきに思えるかもしれないけれど、つまりはド田舎ってことだ。ただ、名高い霊峰の麓にあって、ガチの山伏が山々を歩き、信仰を求めて人が訪れることがある点においては、特別な町と言えるかもしれない。まあそれでも田舎だけどね。
私はそんな故郷が嫌いじゃなかった。でもそれ以上に、都会への憧れが止まらなかった。郷里への愛よりも、都会への恋が勝ったのだ。そんなわけで、私は地元の(と言っても町からは結構かかる)高校を卒業したあと、首都の大学へ猛勉強して、両親の足に縋り付いてでも頼み込んで、やっとこさ進学したのだ。
憧れた、恋した都会はもう、本当に凄かった。初めて駅に降り立った時、その匂い、その人の数、灯りの量、広告の音、そういった情報の洪水に飲み込まれて呆然としたものだ。
それから暫く経って、故郷の私が思ったほど都会というのは夢ばかりでも、氷ばかりでもないとわかったけれど。今でも都会、という言葉は私の中でキラキラとネオンの光のように輝いている。
夢見たその街は、都会生まれ都会育ちのきらきらした人ばかりということは無かったし、人はゴミゴミしてるし、空は狭いし、まあ結構パリ症候群みたいなあれはあったけれど。でも流行りのスイーツをテレビで見た翌日に食べられるし、そもそもテレビが何チャンネルもあるし、アンテナで入るし、コンビニなんか向かい合って同じチェーンのがあるし。今でも割に夢は見させてくれるのだ。都会は。
そうして、私はだんだんお上りさんだった頃に都会の女だ!!と見つめたような女に表面上はなって、盆暮れだけは帰省して、このままきっと都会で就職するんだろうなぁなんて思いながらおじいちゃんやおじさん達にお酒注いで。ちょっぴりおセンチな気持ちになっちゃったりもして。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていたら、目指していたホームの入口を通り越してしまったみたいだった。電光掲示板を見ると、下りの列車が来るホームらしいということがわかった。丁度列車が到着したようで、少ないながらも人が降りてきていた。
それを見て、ああ戻らなきゃ、と身を翻そうとしたとき。ドンッと肩に衝撃が走った。尻もちを着いて、体を支えた手が痛い。誰かとぶつかったんだ。誰だよもう、と悪態を吐きたくなる。
「っ!あぁッ、ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」
言葉と共にふわりと香った月光のような甘くてすべらかな香水の匂い。次いで、艶やかなストレートの長い黒髪が見えた。はっと見上げると、びっくりするくらい綺麗な、まさに私が思い描いていたような“都会の女”が目に入った。焦っているようで、腕時計をちらと一瞬見つつも私の返事がないことを心配そうにみている。赤いルージュの引かれたぽってりとした唇が、少し垂れた目元のホクロが、女の私でも見蕩れてしまうくらい色っぽくて。
「……あの、だ、大丈夫ですか?本当にごめんなさい」
その声に、ハッと意識が急激に現実に引き戻されて慌てて返事をした。
「っあ、わ、私こそすみません!びっくりして、あの、大丈夫です。私もぶつかってしまってごめんなさい」
「いえ、私が不注意だったのが悪いんです。どこかお怪我は……本当すみません」
引き起こしてもらって、そうやってしばらく謝罪合戦をしたところで、そういえば彼女、時計を気にしていた、と思い出して。
「あ、あの!本当大丈夫なので!ほんとすみません、あの、お時間、大丈夫ですか?」
「へっ!?あっ、やだ私ったら!!ありがとうございます。列車の時間がそろそろで、本当にすみませんでした。私、行きますね、ありがとうございました」
「っ!いえ!私もその、あれなので!ではその、私も失礼しますね、道中お気をつけて!」
そう言って彼女と別れた。多分、5分にも満たない刹那の出会い。でも、私は見てしまった。彼女が最後に時間を確認した時、その列車の切符の行き先を。
彼女、私の故郷に行くんだ。あんな、美しい私の憧れそのままの女の人が。何をしに行くんだろう。スーツじゃあなかったから、きっと仕事じゃない。でも、私の町は信仰がある人くらいしか来ないから、きっと観光でもない。
そうして私は、目的の列車に乗って都会へと向かうあいだずっと、彼女について考えていた。また会えるだろうか、とか一目惚れした乙女みたいに。
「刹那」