バチバチと光る
視界はカラフル
ひかりが消えた
意識が落ちゆく
刹那光の万華鏡
「カラフル」
楽園へゆきたい
こんな地獄
抜け出して
肉を脱ぎ捨て
楽園へ
ああだけど
私の足をぎゅうと握って
離してくれないあなたがいる
ゆき先が違うから
一緒には行けないの
共にあるには
ここにいるしか道はないの
あなたをおいてゆけない
私が言うの
本当にいいの、と
楽園へゆきたい
楽園に行きたい
ああ、
ここを楽園だと思えたら良かったのに
「楽園」
びょうびょうと風のふく
高原に立っている
太陽は中天をやや過ぎて
光が少しばかり陰り始めていた
まばらに草の生えた岩場に立ち
見下ろす景色はにぶく頭を揺らすよう
笛のような鷹の声が遠くから聞こえる
うつくしい狩人の歌だ
一際強い風がふいた
バサバサと揺れる髪を何とか押さえつけて
視界を確保しようとする
大風の兄さんよ、手加減しておくれ
自慢の黒髪がこれじゃあ形無しだ
暫くなすすべもなく
風になぶられて
ふっと凪
次いでまた強風
まるで風が踊っているかのようだ
その風が私に囁く
これ迄に乗せてきた音を、命を、景色を
目を閉じてそのおしゃべりに耳を傾けた
肺に潜り込んでは出ていくそれが、
くらりとするほど気持ちが良い
彼らは私の髪が好きみたいだ
いつの間にか髪飾りを付けられていた
ああ、日が暮れる
惜しい事だ
帰路に着く間考える
この命の飾りに寝床を与えれば
どんな花が咲くのだろうかと
もしもうまく花が咲いたなら
きれいにドライフラワーにして
ガラスに閉じ込めて簪にしよう
しゃらしゃらと揺れる飾りもつけて
そして、また見せに行こう
きっとあの時の彼ではないけれど
彼らは私の言葉を乗せて、
彼の風まで届けてくれるだろうから
「風に乗って」
ガタガタとトランクケースを転がしながら、駅の中を歩く。良い品だし、未だにきちんと使えるのだから文句なんて言えないけど、でも言う。心の中で言う。重いです。それはもう。
このカバン、革張りでしっかりとした作りだから重いのだ。しかも元々船用なのに祖父があとからキャスターを付けたから尚更。流行りものに弱いからね、日本人はね。でもおじいちゃん、多分キャスター要らなかったよこれ……。
ぶつぶつと心の中で文句を言いながら、目的の列車が出るホームをキョロキョロ探す。もうそろそろ正月休みが終わるから、大学がある首都まで戻るのだ。
私の生まれたのは、山々に囲まれた自然溢れる歴史ある町だ。こういうとすてきに思えるかもしれないけれど、つまりはド田舎ってことだ。ただ、名高い霊峰の麓にあって、ガチの山伏が山々を歩き、信仰を求めて人が訪れることがある点においては、特別な町と言えるかもしれない。まあそれでも田舎だけどね。
私はそんな故郷が嫌いじゃなかった。でもそれ以上に、都会への憧れが止まらなかった。郷里への愛よりも、都会への恋が勝ったのだ。そんなわけで、私は地元の(と言っても町からは結構かかる)高校を卒業したあと、首都の大学へ猛勉強して、両親の足に縋り付いてでも頼み込んで、やっとこさ進学したのだ。
憧れた、恋した都会はもう、本当に凄かった。初めて駅に降り立った時、その匂い、その人の数、灯りの量、広告の音、そういった情報の洪水に飲み込まれて呆然としたものだ。
それから暫く経って、故郷の私が思ったほど都会というのは夢ばかりでも、氷ばかりでもないとわかったけれど。今でも都会、という言葉は私の中でキラキラとネオンの光のように輝いている。
夢見たその街は、都会生まれ都会育ちのきらきらした人ばかりということは無かったし、人はゴミゴミしてるし、空は狭いし、まあ結構パリ症候群みたいなあれはあったけれど。でも流行りのスイーツをテレビで見た翌日に食べられるし、そもそもテレビが何チャンネルもあるし、アンテナで入るし、コンビニなんか向かい合って同じチェーンのがあるし。今でも割に夢は見させてくれるのだ。都会は。
そうして、私はだんだんお上りさんだった頃に都会の女だ!!と見つめたような女に表面上はなって、盆暮れだけは帰省して、このままきっと都会で就職するんだろうなぁなんて思いながらおじいちゃんやおじさん達にお酒注いで。ちょっぴりおセンチな気持ちになっちゃったりもして。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていたら、目指していたホームの入口を通り越してしまったみたいだった。電光掲示板を見ると、下りの列車が来るホームらしいということがわかった。丁度列車が到着したようで、少ないながらも人が降りてきていた。
それを見て、ああ戻らなきゃ、と身を翻そうとしたとき。ドンッと肩に衝撃が走った。尻もちを着いて、体を支えた手が痛い。誰かとぶつかったんだ。誰だよもう、と悪態を吐きたくなる。
「っ!あぁッ、ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」
言葉と共にふわりと香った月光のような甘くてすべらかな香水の匂い。次いで、艶やかなストレートの長い黒髪が見えた。はっと見上げると、びっくりするくらい綺麗な、まさに私が思い描いていたような“都会の女”が目に入った。焦っているようで、腕時計をちらと一瞬見つつも私の返事がないことを心配そうにみている。赤いルージュの引かれたぽってりとした唇が、少し垂れた目元のホクロが、女の私でも見蕩れてしまうくらい色っぽくて。
「……あの、だ、大丈夫ですか?本当にごめんなさい」
その声に、ハッと意識が急激に現実に引き戻されて慌てて返事をした。
「っあ、わ、私こそすみません!びっくりして、あの、大丈夫です。私もぶつかってしまってごめんなさい」
「いえ、私が不注意だったのが悪いんです。どこかお怪我は……本当すみません」
引き起こしてもらって、そうやってしばらく謝罪合戦をしたところで、そういえば彼女、時計を気にしていた、と思い出して。
「あ、あの!本当大丈夫なので!ほんとすみません、あの、お時間、大丈夫ですか?」
「へっ!?あっ、やだ私ったら!!ありがとうございます。列車の時間がそろそろで、本当にすみませんでした。私、行きますね、ありがとうございました」
「っ!いえ!私もその、あれなので!ではその、私も失礼しますね、道中お気をつけて!」
そう言って彼女と別れた。多分、5分にも満たない刹那の出会い。でも、私は見てしまった。彼女が最後に時間を確認した時、その列車の切符の行き先を。
彼女、私の故郷に行くんだ。あんな、美しい私の憧れそのままの女の人が。何をしに行くんだろう。スーツじゃあなかったから、きっと仕事じゃない。でも、私の町は信仰がある人くらいしか来ないから、きっと観光でもない。
そうして私は、目的の列車に乗って都会へと向かうあいだずっと、彼女について考えていた。また会えるだろうか、とか一目惚れした乙女みたいに。
「刹那」
──生きる意味とはなんだろう。
きっと、むかしむかしからたくさんの人が考えてきた難題だ。未だにこれ!という解が見つかっていない難問中の難問。でも妥当だと思える。生き物の根源に関わる問いだから。
だって、ね、生きることって大変だもの。辛いもの。だけど、死ぬのだって訳が分からなくて怖いからさ。死んだ人には聞けないものね。死ってどんなものですか?生とはどんなものでしたか?って。
生きる意味。それはふと眠る前のある瞬間に、冬の道を歩いている時に、今まで心血注いで努力してきたことが全て無に帰した瞬間に、我が子を始めて腕に抱いた時に、道端で誰かの死を見た時に、自らが今まさに死に向かおうとしているその刹那に。きっときっと、みんな考えただろう。
そして、答えが出た人もいれば、出なかった人もいるだろう。けれど、その過程や、答えは人によってやっぱり違うだろう。人どころか、その時、その場面ですら違うだろうさ。
でもそれは当たり前で。だからこそ生物の素晴らしさ、生の尊さを、閃く火花や遠くで煌めく恒星のように輝かせるのかもしれない。
私の生きる意味はなんだろう。簡単に答えてしまいたくない、重みのある問いだ。さっと答えが出るものでもない。
だけど、今死にそうだから今!今すぐ答えて!!と誰かに言われたら。私は、私が愛し、私を惜しむ人の為に生きている、と答えるかもしれない。死ぬのが痛くて寂しいからでもいいけれど。
“生に意味などなく、また死に意味もなし。故に我らは、ただ生を続け、そして繋げてゆくだけなのだ”
そんな格好付けたこと言えたら良かったけどね。でも生憎と、私はそんな風に生きちゃいないから。
兎に角、私の世界は生きるには苦しみが多すぎて、死ぬには未練が多すぎる。なれば、せめて死にきれない分だけは、大切なものたちの傍で生きていようかなと思うのだ。それが多分、“生きる意味とは”という問いに対する、今この時の私の答えだ。
「生きる意味」