過去と 悪夢と
虎馬と 恐怖と
不安と 興奮と
自分と 痛みと
未来と 体温と
古傷と 貴方に
いじめられて
可哀想だね
「My Heart」
しんしんと降る雪
庭の梅の花が
雪を被って俯いている。
私はそれを、
食卓に置いたマグに手を添えて
暖房の効いた部屋から
ぼんやりとみている。
娘が、家を出て5年。
息子も、この間家を出た。
私は今、この広い一軒家に
1人で暮らしている。
夫とは上手くいかなかった。
はじめはなんでも素敵にみえるもの。
でも恋の魔法が解けてしまえば
何かしら、この失礼な男、ってね。
しばらくは“父親も必要よね”とか
だましだましやってたけれど
夫婦喧嘩が酷くって
子どもに静かに泣かれたら
もうそんなこと言ってられない。
だからお別れした。
手に職あるってこういう時強いのね。
それで、がむしゃらに
片親で馬鹿にされないように、と
働いて働いて
きっと寂しい思いもさせたけど
二人ともいい子に育ってくれた。
だけど、時々
料理の分量が変わったことに
子どもの声が聞こえないことに
部屋の明かりが少ないことに
紅茶の温もりがあるのに寒々しい部屋に
心に穴がぽっかりあいたみたいな
不思議な心地がする。
そうして、ぼんやりと外を眺めて
過去を思い返すことが増えた。
私は幸せ者だと断言できるし、
きっと世間一般的にも、
それなりに幸せな人生を歩んでいる。
子どもたちの自立だって、
寂しくはあるけどそれ以上に
ここまで立派に成長してくれたことが
本当にほんとうに、うれしかった。
それなのに、心はひゅうひゅうと
隙間風のように、空いた穴を主張する。
この心の虚は、
一体何を欲しがっているのだろう。
「ないものねだり」
この人、話したくない。
でも面倒だから愛想笑い。
この香り、得意じゃない。
でも素敵な香りね、って嘘をつく。
この果物、好きじゃない。
でも吐き出せないから飲み下す。
この色、好みじゃない。
でも貰い物だから、うれしいと言わなくちゃ。
そうして
そうして
そうして
気がついたら私の周り、
嫌いなものばかり。
「好きじゃないのに」
『……はいっ、佐藤さん
ありがとうございました。
これからの高坂選手の活躍が楽しみですね。
(♪メロディ)
続きまして、
心天気予報のお時間です。
心象予報士の新田さーん!
はい、心天気予報の新田です。
今朝はかなり冷えましたね、
皆さん、夢見はいかがでしたでしょうか。
それでは、今日の全国のお天気から。
今日は先月末の■■地震の影響で、
広範囲でくもりが続く見込みです。
一日中冬季うつ並の冷え込みが
続く予想となっていますから、
みなさんなるべくカーテンを開けて、
日が出ている時間は日光を浴びてくださいね。
また、■■地方から●●地方にかけて、
引き続き余震に警戒が必要です。
強い不安や不安の伝播等の影響で
ところにより雨が降るでしょう。
なるべく安心できる人とよく話し、
心に余裕をあらかじめ作っておいて下さいね。
被害にあわれた方やご家族は
心の傷つきが特にひどく、
大きな嵐や豪雨が続いたり、
不自然な凪が続いたりといった
異常心象が予想されており、
心象庁から特別警報が発令されています。
こういった状況こそ助け合いが重要です。
ご家族やご友人、お隣さん、
皆さん声をかけあって、
命を守る行動をしてください。
助けが必要な方や、
そういった方を見つけた方は、
必ず避難所や病院に併設されている
心象救護所へ向かうか、連絡して下さい。
人命に関わりますので、必ず早めのケアを。
詳しくは心象庁のホームページや、
気象庁のホームページをご確認下さい。
電話やSNSでのホットラインはこちらです。
続きまして、各地方の詳しいお天気を……』
ぱちりと目を開く。
遅れて、夢を見ていたことに気がついた。
カーテンを閉め忘れた外は真っ暗で
夜明けの遠さを知る。
夢か。いやにリアルなのに、非現実的だった。
ああでも、これくらいの予報があれば安心なのか?
それとも、来たる嵐にさらに怯えることになるのか。
しばらく考えて、二度寝することにした。
考えたって意味の無いことは考えないに限る。
考えてしまうなら脳みそ強制終了だ。
さて、つぎはどんな夢を見るのだろうか。
消し忘れたラジオが、
昨夜呑んだビールの空き缶の隣に居座って
『ハート製薬が午前3時をお知らせします』
などと返事もないのに喋りかけていた。
「ところにより雨」
最近のラジオはテレビの音も聞けるそうですね。私は深夜ラジオが好きで、でも山のせいでよく聞こえないものですから、必死にちょうどよくアンテナが受信する位置を探して聞いていました。
彼女はどこか浮世離れしていて
半分透けてるんじゃないか、なんて
思うくらい静かで気配が薄いのに、
そこに確かに居たと、
その影だけがずっと残っている。
いつの間にかそこにいて
外国のひとだったから
何を言っても伝わらなかったし、
彼女が何を思っているのかも
幼いぼくにはさっぱり分からなかった。
だけど居なくなってから
ふと思い出すたびに
彼女は本当の本当に
そとのくにのひとだったんじゃないかと、
そう思うのだ。
日光を羽衣のようにまとう
黄金の毛並み。
それがよく似合うのに、
でもその羽衣は貴女のものではないのだ。
どこでもない場所に
静かな視線を向ける貴女は
宇宙人か、それとも異界のひとか、
そういう妄想をする。
貴女が土の下に埋まった
ずっとあとに。
その時、脳裏に浮かぶ貴女は
レースのカーテン越しに見るように朧気で、
だけど光にあてられて
濃い影を残している。
そんな姿だけが、
ぼくの記憶に残っている。
「特別な存在」